諦めの悪い僕らに声援を

プロヒーロー勝×無個性公務員デ
いつも通りの捏造満載です。
デクが居なくてもAFOらヴィラン連合との大きな戦争があり、勝利した世界線です。
ヒーローが人気無くなった描写があります。
出てくるあれやこれは全てフィクションです。なんちゃって公務員設定をお許しください。

 

 

 

 

 

 

「緑谷くん! 飲んでるか!」

 地域商工会の面々との顔合わせを兼ねた僕の歓迎会と言う名の親睦会は、四月の繁忙期を終えた五月の半ばに執り行われた。
 僕が何の変哲も無い普通科高校を卒業した後、高卒枠で地方公務員試験を受けてトントン拍子に採用が決まったのは、隣町の役場だった。全人類の八割以上がなんらかの「個性」を持って生まれてくる超人世界において、公務員試験ほど僕に向いているものはなかったように思う。超常黎明期以前のように、対策さえすれば受かる筆記試験に、従順そうな者を見極めるだけの上辺だけの面接は「個性」なんて必要無くて、勉強だけが取り柄の僕にはなんのハードルも無かった。
 最初に配属となったのは健康福祉課だった。保健師のお姉様方と女性が多めの事務方、上長だけが定年間近の中年男性だったがともかく僕は随分可愛がってもらって、仕事も順調に覚えていった。気付けば四年が過ぎ、そろそろ異動対象だろうと内心思っていたところに言い渡された辞令に書かれていた部署こそ「商工観光課」だったのだ。

「緑谷くんはノンアルコールかな?」
「いえ! ビールいただきます! ありがとうございます!」
「会長! 未成年に酒飲ますなよ〜」
「あ、だ、大丈夫です! 成人してます! 会長もビールで良いですか?」

 商工会長が僕の席にわざわざ酒を注ぎに来てくれたのを見て、若手商工会面子が野次を飛ばすのを聞き、僕は慌ててそれを訂正した。未だに一人で居酒屋に来ようものなら年齢確認されてしまうだろうことは、僕も自覚していた。まあ、一人で居酒屋なんて行かないんだけど。
 僕は少しビールが残る自分のグラスを一気に呷って空にすると、会長は「お、いける口だねえ」と言って瓶ビールを僕の空いたグラスに傾けた。僕は注ぎ終わるのを待って会長からその瓶を貰い、お返しに会長のグラスへ注ぎ返す。空いたグラスに相手から注がれる時は自分にも注いで欲しい時なんだ、と保健福祉課時代の上長に教えてもらったことが役に立った。

「緑谷くん、ヒーロー詳しい?」
「えっ……」

 不意に会長がそんなことを言うものだから、僕は口をつけていたグラスからビールを溢してしまった。「ヒーロー」に憧れていたことは、職場で一度も話したことがなかった。
 そう、僕は「無個性」に生まれたにもかかわらず、夢を捨てきれずにあの雄英高校ヒーロー科を受験したんだ。結局実技試験で手も足も出ず不合格になり、地元の公立高校の普通科に進学することになったんだけど、その事は同じ中学の人しか知らないはずだ。

「マウントレディって知ってる?」
「は、はい。人気ヒーローですよね。数年前の大戦でも活躍した中堅ヒーローで」
「お、詳しいじゃないか! それなら話が早いよ」

 僕が純粋にヒーローを夢見ていたあの頃とは、世間のヒーローに対する目は少し変わっていた。全世界を巻き込んだ「オール・フォー・ワン」らヴィランとの大戦により、ヒーローはふるいにかけられ、負傷者も多く出た大戦を経て真のヒーローだけが残った日本では依然ヒーロー不足が続いていたが、成り手も減っているのが現状だった。小学生がなりたい職業ナンバーワンの座を長年キープしていた「ヒーロー」という職は、今やトップテン入りも危うい。

「いやあね、マウントレディから急にメールが来たんだ」
「……え?」
「これ、見てよこれ」

 会長がそう言って僕に見せてきたのは、年配者向けの文字が大きく操作しやすい簡単スマートフォンの画面だった。写し出されているのはメールのようで、僕は渡されるままその画面を読んだ。

件名:無題
シンリンカムイさんご無沙汰してます。マウントレディです。
以前チームアップした時に初めてお世話になって以来ですが、今後のヒーロー活動について相談したい事があってメールさせてもらいました。
実は携帯機種変したんですが、移行に失敗して全部連絡先消えちゃったんです(汗)
それでシンリンカムイさんのアドレスうっすら覚えてたので、一か八か手打ちでメールしてみました。
シンリンカムイさんで合ってますよね?

マウントレディ

 なんだ、これは。僕は怪訝な目を会長に向けたが、促されるままさらにスワイプさせてメールを読んだ。

件名:無題
マウントレディです。返事ないんですが、もしかしてシンリンカムイさんのアドレスじゃなかったですか?
合ってると思ったんですが……
忙しくて返事できないだけかもしれないし、もう少し待ってみますね。
もし間違ってたら申し訳ないですが違うとお返事ください。

マウントレディ

件名:無題
マウントレディです。これだけ返事がないってことは、私が今メールしてるのはシンリンカムイさんじゃなかったって事ですか?
もしそうだったら申し訳なさすぎるので、本当に違うならちゃんと謝りたいし、、とにかく違うなら違うとお返事頂けませんか?

マウントレディ

 明らかに詐欺メールだ。
 以前は芸能人なんかの詐欺メールが流行ったりもしたが、ついにヒーローまでその餌食となっているのだろう。マウントレディはメディア露出も多い派手なヒーローだし、標的にされるのも無理は無かったが、こんなものに引っ掛かる人がいるのだろうか。さらに言うと、マウントレディはシンリンカムイのことを「先輩」と呼んでいるし、チームアップが初めての接点じゃないはずだ。そういう意味でもこのメールに穴は多い。いや、この情報は僕がヒーローオタクを今でも拗らせてるからわかることなんだけど、それにしても引っ掛かる人の気がしれない、怪しさ満点のメールだった。

「なんかな、メール間違えちゃってるみたいなんだ。最初は返事しないでいたんだが、かわいそうでなあ……一言返事だけでも」
「ダメですよ! 詐欺メールですよ、これ!」
「え? 詐欺?」
「絶対に返信しちゃダメですからね」

 引っ掛かる人がここにいたかあ、と僕が苦笑いして会長にスマホを返すと、会長はガックリと肩を落としてメールを削除していた。僕はいつの間にか空になりそうな会長のグラスにビールを注ぐと、会長はそれを一気に飲み干してテーブルに勢い良く叩き落とした。カン!という木とガラスがぶつかる音が響いたが、宴会の喧騒の中においては些細な音だったようで、こちらに目を向ける者はいなかった。

「あわよくば……人気ヒーローに頼めるかと思ったんだがなあ」
「何かあったんですか」
「あれ? 課長に聞いてないか? 実はよぉ、緑谷くん。大ピンチなんだ」

 酒も回ってきていたのだろう呂律の怪しい会長いわく、毎年行っている地域の一大イベントである祭りの大目玉がこの地を治めていた江戸時代の殿様を先頭とした大名行列だ。その殿様役を毎年務めていた俳優から、ついに体調不良で断られてしまったのだという。確か僕が生まれる前の大河ドラマに出演していた縁で毎年来ていたと聞いているから、結構なお年のはずだ。炎天下の中、甲冑を着て馬に乗るのは老体に厳しいと言われてしまえばそれ以上頼むことが出来ず、祭りの目玉ゲストが決まっていないのだ、と会長はついに泣き出してしまった。
 泣き出した会長に僕があわあわしていると、ちょうど宴会終了の音頭をとる声が上がり、一本締めでお開きとなった。僕は泣き上戸の会長を居酒屋の外まで介抱すると、誰が呼んでくれたのかわからないが会長用のタクシーが待機しており、無事引き渡すこととなった。

 二次会に誘われたが、終電時刻が迫っており丁重にお断りして帰路に着く。僕が一人暮らししているアパートは、最寄り駅から歩いて二十分と微妙に距離がある築五十年のボロアパートだ。田舎の役場に勤める大半は車通勤だったが、僕はあえて電車通勤をしている。車の維持費こそ馬鹿にならない出費だ。

(少しお腹に入れたいな……)

 やはり気を遣っていたのだろうか、ビールばかりで食べ物をろくに摂らなかったお腹は空腹を訴えていた。こんな時間に食べるのも良くないが、何かお腹に入れないと寝れそうになかった僕は、少し遠回りして近くのスーパーの閉店間際に滑り込み、半額以下になったお総菜を見繕うことにした。
 既に蛍の光が流れ始めていた店内には、もう見繕うほどの惣菜も残っていないが、米が、いや、炭水化物がどうしても食べたかった。

(あ、おいなりさんある)

 惣菜コーナーで居残っていたのは普段だったら手を伸ばさないいなり寿司だが、今日の僕には「君が居てくれて良かった」と心から思える、いわば心の友。良く見ればいなり寿司だけではなく太巻きも入っているではないか、と僕は意気揚々と手を伸ばしたが果たしてその先に心の友はいなかった。
 目の前で平然と拐われた心の友はいずこ、と僕が目線を上げるとそこには「BOOM!!!」と爆破を繰り出す「大・爆・殺・神ダイナマイト」のデフォルメされたイラストがこれでもかと横に伸びていた。

「かっ……!」

 僕が驚いてさらに目線を上に上げると、怪訝な顔をした恰幅の良い老婆が僕を見ていた。老婆は「そんな目をしてもおいなりさんはあげないよ」と言い捨て、カートに心の友を乗せてレジへ急いでいた。老婆の胸で伸びきっていたヒーローデフォルメTシャツは、確かファストファッションブランドでコラボしたキッズ向けTシャツで、僕も先週ワンコインの五百円に値下げされワゴンの中で投げ売りされていたのを見た。
 僕も購入はしたがさすがに子供サイズが入るはずもなく、タンスの中で眠っている。昔ならヒーローコラボのTシャツは飛ぶように売れていたはずなのに、と仕方なくカラッポのままの買い物カゴにカップラーメンを入れた僕は、一抹の寂しさを抱えてレジに急いだ。閉店三分前のレジにカップラーメン一つで乗り込んだ僕に、アルバイトの男の子が迷惑そうに一瞥した。レジ横の割り箸を一膳もらい、リュックの中へカップラーメンを仕舞うとポケットの中でスマホが震えた。取り出すとメッセージが一件届いていた。

件名:無題
ご無沙汰しています。元気ですか?
急にメールが来て驚くお前が目に浮かびます。
いや、らしくねえか……
この前の戦闘でスマホ壊れたあげく、データ移行にも失敗して連絡先全部消えちまったから、柄にもなく焦って連絡した。
うっすらお前のメアド覚えてたから一か八か手打ちでメールしてる。
何度も送るか迷ったが、時代遅れのキャリアメールだけがお前と繋がってる唯一の手段だったから。
どうしてもお前に話したいことがある。
お前は顔も見たくないかもしれねえが、少しでも会ってくれるってんなら、返事待ってる。

爆豪

「詐欺メールじゃん……」

 僕がスマホを持ったままサッカー台の横で止まっていると、店員が出入り口の所から「早く出てくださーい」と声を張り上げていた。僕は慌ててスマホをポケットに仕舞いこむと、リュックを背負って小走りに店を出た。店の外に出た僕は先程のメールを早急に削除しようとしたが、いずれ消費生活センターから詐欺メールの注意喚起が回ってくるかもしれないことを考え、一度開いてしまったこともありそのまま迷惑メールフォルダに突っ込んでおいた。

「どうするかねえ……」

 始業と同時に始まった朝会議の議題は、もちろん夏に行われるこの町一番の祭りのことに他ならず、課長の溢れた嘆きに会議の空気は一気に重苦しいものになった。僕は異動してきたばかりの下っ端職員だから、ただただメモを取るためのノートを見つめていた。

「この辺ゆかりの有名人っていたか?」
「そもそもこれから依頼して来てくれる人いるんですかね」
「もういっそ前町長とかでいいんじゃないですか? そういう年もありますよ」
「いや、前町長と現町長は仲悪いから無理だろ」

 先程から「誰か」を探しているこの議題こそ、先の飲み会で商工会長が言っていた「大ピンチ」のことだった。夏祭りは地元商工会主催だが役場と地元新聞社が共催という形を取っており、商工会で出来ることは限られているため役場の商工観光課でほぼ準備しているのだ。異動してきて早々「夏祭りが終わるまでは戦争だぞ」という先輩の言葉に嘘は無かった。

「あ~こういうとき地元に有名人が多いトコはいいよなあ」
「誰か居ないんですか!? 知り合いに有名人居る人!」

 会議が踊ってくる気配が色濃く出てくると、僕の横に居た先輩職員が「あの~」とおずおず手を上げた。

「ヒーローも良いのでは?」
「そりゃあ、人気ヒーローが来てくれるのも嬉しいけども」
「この辺出身の人気ヒーローいたか?」
「確かダイナマイトが隣の市じゃなかったですか」

 急に出た名前に僕が肩を震わせたのを、隣の席から先輩は目敏く見ていたようで僕の肩に手を置いて身をこちらに寄せてきた。僕はパイプ椅子から転げ落ちそうになりながら、身を捩ってなんとか距離を取った。嫌な予感がしたからだ。

「緑谷くん、隣の市出身だったよね! ダイナマイト知り合い?」
「ダイナマイトのプロフィール見てますけど、緑谷くんもしかして同い年じゃないですか」
「いや、あの……」
「折寺中出身なんだダイナマイト。緑谷くんは?」
「えっ」

 課長をはじめこの場の誰もが僕の答えに期待しているのがわかった。この大ピンチを救ってくれるヒーローが来るのを待っている。でも僕はこんな形でヒーローになりたかったわけではないんだ。やめてくれ、そんな目で僕を見ないで。
 そんな僕の心の葛藤を無視して、口は勝手に皆が望む答えを言っていた。

「折寺中です……」

 僕の答えに色めき立った課内は一縷の望みを僕にかけるべく、早々に会議室の電話機をこれでもかと線を伸ばして僕の前へ持ってきた。

「善は急げ! 電話しよう」
「ダイナマイトの事務所の情報出します!」
「いや、あの、僕別に友達じゃなくて」
「同窓生なんだから、ここの誰よりも繋がりはあるよ!」
「いや、でも、僕彼にはむしろ嫌われてたっていうか、いじめられてたっていうか……」

 徐々に背中を丸めて俯いた僕が本気で嫌がっていると感じたのか、さっきまで押せ押せの雰囲気だった周囲が少し落ち着いてきた。先輩も「悪乗りしすぎた、すまん」と僕の背中を撫でてくれて、社会人になって初めて涙が出そうだった。
 いじめっ子といじめられっ子、物心着く頃には上下が決まっていた僕の幼馴染み。僕が目指したヒーローとして働く君と、半額惣菜も買えずカップラーメンをボロアパートで食べる僕。
 僕は彼に嫌われていたし、いじめられていたけど、でも泣きたくなったのはそれを思い出したからじゃない。こんな年になっても、どんな嫌な奴だと思っても嫌いになれないし、近づきたいと思ってしまう僕の腹の底の部分、誰も触れてほしくないところに気づかされたからだ。

「本当に嫌なら無理にとは言わないよ、安心してくれ」

 課長は腕捲りしたシャツから出た鱗を少し撫で付けてて優しく微笑んだ。ニホンヤモリの異形型である課長は、時々その鱗を撫でては天気の変化を教えてくれていた。そろそろ雨が降るのかもしれない。役場は僕のような無個性はもちろん、なんの役にも立たないと卑下する者が多い没個性持ちや前時代では迫害されやすい異形型の職員も多かった。特に課長世代は顕著だろう。

「これは議事録にまとめなくていい」

 課長は一言断りを入れるとそのまま立ち上がって会議室全体を見渡した。

「数年前の大戦は、たくさんの犠牲があった。民間人はもちろんヒーローもヴィランもたくさん傷ついた。いくら復興庁が予算を投入しようと、ヒーローという立場が揺らいで、もう昔のような人気は無い。親は子をヒーローにすることも勧めなくなった。ヒーロー科は定員割れになっていくつか廃校になったとも聞く」

 僕はハッと顔を上げて課長を見た。爬虫類のともすれば冷たいと感じる細い瞳孔の奥に、熱い炎が灯っているのが僕にはわかる。僕も、同じだからだ。

「私は、きっとオールマイトがいた頃の、誰もがヒーローに憧れる世界はまたやって来ると思っているんだ。大戦で大活躍したダイナマイトを見たよ。彼は地元の誇りだ。あの大戦で大切な人を亡くした人はヒーローを見るのも嫌かもしれない。でも、大名行列の先頭で馬に乗る彼はさぞ……」
「……勇壮でしょうね」

 僕の言葉に課長が深く頷くと、心がどうにも逸ってしょうがなくて僕は「やります、僕が依頼します!」と言ってしまっていたのだ。当然盛り上がる課内の職員だったが、会議室使用時間が迫っていたため依頼は午後に持ち越しとなった。後で聞いたら、あの時の会議室の盛り上がりようは他のフロアまで響いていたようで、会議終了後隣の部署の同期に「何かあったの?」と尋ねられた。僕は「僕が大ピンチを救ったんだけど、それにより僕は大ピンチになったんだ」という頓知問題のような答えを言ってしまった。

「ふう……」

 昼休憩で食べたカップ春雨が胃からのぼってくるような気がして、僕は落ち着かせるように一つ大きく息を吐いた。目の前のパソコンには「大・爆・殺・神ダイナマイト」の事務所ホームページが映し出されている。黒を基調とした落ち着いた雰囲気のホームページは、まさしく彼好みのソレだと僕はマウスを動かした。お目当ては「コンタクト」のタブで、仕事や意見を募るメールフォームが設置されている。その更に下には「お急ぎの方は事務所電話番号にお問い合わせください」の文言があり、僕は渋々受話器を手に取った。僕たちはまさしく「お急ぎ」だ。
 僕は意を決してポチポチと数字を順番に押していくと、コール音が一回、二回、三回と鳴ったところで電話が繋がった。

『はい、バクゴーヒーロー事務所です』
「お、お世話になっております。私○□町商工観光課の緑谷と申します! お忙しい所大変恐れ入りますが、この度は「大・爆・殺・神ダイナマイト」様にご依頼したいことがありお電話いたしました。広報ご担当の方はいらっしゃいますか?」
『依頼……あ~、護衛ですか? それとも取材とか』
「あ、いえ、実は当町のイベントのゲストとして出演いただくことが可能か、ご検討いただきたいと思いまして、まずはご依頼文書をお送りしたいのですが」

 僕はカラカラに乾いた喉が張り付きそうになるのを必死におさえ、一息に用件を伝えた。本人が電話に出なくて本当に良かった、と胸を撫で下ろす。

『そっち系の依頼ですか、あ~……あいつ受けるかな……とにかく今、事務員が不在なのと本人もパトロール行ってるんで、一先ず依頼文書先に送ってください。それ見てから折り返し連絡させてもらって良いっすか?』
「はい、承知いたしました。お忙しい所お手数お掛けいたしますが、ご検討のほどよろしくお願いいたします」
『いえいえ、ただ、ダイナマイト基本そういうの出ないんで、あまり期待しないでいただくと助かります』
「もちろんです、むしろ先日のヴィラン闘争で怪我もされてたと聞いてますので、ご無理はなさらないでください」

 僕がそう言うと、電話口の男性は「おっ」と驚いたような声を出して笑った。僕はなんだか聞いたことがあるような声な気がして、一瞬思考して「セロファン」の声じゃないか?と思い至った。ヒーローがまさか電話番してるとは思わず、最初はまったく意識していなかったが、聞けば聞くほどそうだとしか思えなかった。ヒーローと喋っちゃった!と内心心躍らせる僕に、セロファンはからかうような声色で続けた。

『お兄さん、コアなヒーローニュース読んでるねえ。ダイナマイトの怪我は大々的に報道されなかったと思うけど……』
「はは、いや、恐縮です」

 ヒーローオタクだと思われたかな、と僕が苦笑いで答えると、最後にもう一度名前を聞かれたため「緑谷」と伝え電話は終了した。受話器を置くと、課内全員の意識が僕に向いており、その目は期待でやや血走っている。

「どうだった緑谷くん……! なんかいい雰囲気だったけど」
「ひとまず、依頼文書送ってくれ、だそうです。それから検討してくださるとのことです。ただ、ダイナマイトは基本こういうイベント出演はしないから期待しないでくれ、とも」

 僕がそう言うと隣の席の先輩が脱力して椅子の背もたれに勢いよく倒れ、その背を反らした。

「そうかあ、無理かなあ……」
「まあ、とりあえず依頼文書送りましょう! 僕今から起案するので先輩ダブルチェックお願いできますか?」
「そうだな、とりあえず一歩前進か」

 僕の言葉に先輩は「よしっ」と背もたれから飛び起き、「ご褒美」と言って僕に一つミントタブレットをくれた。僕は一粒もらった爽快なミントの香りを味方に依頼文書作成を済ませて先輩にチェックを頼み、トイレ休憩に席を立った。個室トイレに入って鍵を閉めると、誰もいないのをいいことに大きく溜め息を吐いた。僕は雄英高校を目指していた中学時代を思いだし、「ストーカークソナード」と罵られた彼の声を思い出した。
 雄英に行けなかった僕だったけど、ヒーローオタクは辞められなかった。むしろ君がヒーローになるために邁進するのを、ずっと見ていたんだ。僕はまだストーカーナードに違いない、と自嘲して手を握る。そのまま体に力を入れると二の腕が力瘤で盛り上がり、最近筋トレに励んでいる成果か以前よりスーツがキツくなったのを感じた。出費が痛いが、スーツを買い替えなければならないかもしれない。
 用を足して洗面台で手を洗っていると、ポケットに入れていたスマホが震えた。僕はハンカチで手を拭いてスマホを取り出すと、メッセージ一件の表示がそこにはあった。

件名:無題
返事がないが、エラーになってねえからもう一回送る。
もしかしてデクのアドレスじゃねえ、のか?
お前の事情や俺への嫌悪があるなら、これっきりにする。
ただ、この前の戦闘で怪我した時、ふとお前の声が聞こえた気がした。
勝つのを諦めないのが俺だってお前が言ってる声だ。
俺はもう後悔したくねえから。返事、待ってる。

爆豪

 あまりにも巧妙な詐欺メールだ。
 僕はもしかしたらアドレス情報が抜かれたのはヒーローニュースのコミュニティIDからなのかもしれない、と文面中の「デク」の文字を見て思った。何を隠そうそのコミュニティでのニックネームを「デク」と登録していたのだ。君が僕をからかうためにつけた蔑称を文中に使われるだけで、本当に君からメールが来ているようだ、と僕は笑ってメールを迷惑メールフォルダに突っ込んだ。
 僕がトイレ休憩から戻る廊下からフロア内を見ると、なんとも賑やかな声が聞こえる。僕はドアをそろりと開けると課内の目が一斉に僕に向いた。

「緑谷くん……! どこ行ってたの!」
「え、えっとお手洗いに……」
「ついさっき! 電話! ダイナマイト!」

 つかつかと僕めがけて先輩が突進してくるとそのまま肩を捕まれてガクガクと揺さぶられた。先輩は興奮冷めやらぬ様子で、もはや単語しか喋れていない。そろそろ首がもげそうなので揺さぶるのは止めてもらいたかった。

「な、な、な、なんですか」
「……っ! ごめんごめん、つい」
「先程緑谷くん宛に、ダイナマイトから電話がきたんだ。席を外していたから私が代わりに伝言受け取っておいた」

 ようやくその手を離してくれた先輩の背後から、課長が珍しく喜びをあらわにして話はじめたその言葉に、僕は開いた口が塞がらなかった。

「祭り、出てくれるそうだ」
「そんな……まさか……」
「ああ、でも依頼文書は早急に送ってくれ。起案済んだら稟議書回してくれよ。至急案件で決裁してもらうようにするから」
「わ、わかりました」

 急展開にドッドッと勢いよく鳴る心臓がはち切れそうになった僕は、スーツの上から胸を押さえてやり過ごそうとした。それでも紅潮する頬は隠せなくて、ああ、君と僕の人生はもう一生交わらないと思っていたのに。

「ダイナマイト、緑谷くんがいるなら、って受けてくれたみたいだよ~。っていうか同級生どころじゃなくて君たち小さい頃からの幼馴染なんだってな!」

 先輩がダブルチェックの済んだ依頼書を僕に手渡してそう言うと、自席に戻っていった。課内のみんなもこれで祭りの開催が出来ると一安心したのか意気揚々と関係部署に連絡を始めた。僕は依頼書の「大・爆・殺・神ダイナマイト」の文字がダブルチェックを終えたしるしに蛍光ペンでマークされているのを見ると、どうにも落ち着かなくてしばらく席に着くことが出来なかった。

 それからというもの、僕ら商工観光課は目が回るような忙しさであっという間に祭りの本番となった。今日のために商工会が刷りに刷りまくったビラには「大名行列」の文字の横にゲストとして「大・爆・殺・神ダイナマイト」の写真が丸く切り取られてこちらを見つめている。いや、睨んでいる。
 結局今日のための打ち合わせは、忙しいヒーローをこんな片田舎に来させる訳にはいかず、かといって僕のような下っ端がわざわざ東京出張するわけもなく、商工会長と課長が一緒にバクゴーヒーロー事務所へ足を運んでいた。帰って来た課長からは「緑谷くんが来ないとわかると不機嫌になっちゃって」という冗談を言われた。きっと僕が行く行かないに関わらず不機嫌だったに違いない。僕に文句の一つでも言おうとしていたのかも……とブツブツ言う僕に、課長はお土産をくれた。
 ダイナ饅頭というダイナマイトのトレードマークの手榴弾型籠手を焼き印された饅頭を、僕は写真に撮っておいた。

 僕は雲一つ無い快晴となった空を見上げ、上がる気温に首筋に伝う汗を拭う。天気予報通りであれば小雨だったため客足が心配だったが、蓋を開けてみればこの天気。きっと才能マンは天気すら変えてしまうのだろう。
 大名行列は何も殿様だけがメインではない。先払いという先頭で隊を率いる者から、地元小学生による鉄砲隊や槍隊も続いていく。出発地である城跡では衣裳に身を包んだ出演者が多くおり、さながら時代劇の世界のようだった。僕は出演者たちが熱中症にならないよう、大きな金やかんにたっぷりの麦茶を持ち、紙コップで配って歩いていた。中々の重労働で先程から僕自身が熱中症にならないよう必死だった。

「あ、緑谷くんいた!」
「先輩、どうしましたか」
「探してたんだ。ダイナマイトが呼んでるって」
「僕を、ですか?」

 交通誘導係になっている先輩はグレーのポロシャツを汗でにじませて既にダークグレーに色を変えている。額にはタオルを巻き付けていたが、吸収されなかった汗が頬を伝っていた。僕は先輩のために一杯麦茶を注ぐと、一息で飲みきってまた交通誘導に戻っていった。先輩の伝言を無碍にすることも出来ず、僕は奥まった位置に設置されている白いテントを目指した。向かう足取りは軽いとは言えない。
 「控え室」とマジックで書かれた紙が簡易的に貼られた出入り口は、中が覗けないよう薄手ののれんが掛けられている。僕は小さく「失礼します」と声をかけると中から「おう」と返答があり、深呼吸するとのれんを捲った。

「は……」

 深呼吸しておいて良かった。僕は目の前のパイプ椅子に座る彼を見た瞬間、息をするのも忘れてしまってただハクハクと口を開閉させた。
 ともすれば「着せられている」感が出てしまう胴当てや籠手といった甲冑類は鍛えられた肉体に見事フィットしていたし、白と若草色に金糸で刺繍が施された陣羽織が鮮やかで目を引くが、それも見事着こなしている。薄金色の髪の毛に同色のつけ毛をして結わえられていて、商工会の「本気度」が見えた。
 パイプ椅子に座っていた彼が僕を見ると慌てて立ち上がり、ガチャリと嫌な音を立てて椅子が転がった。僕はその音を聞いて弾かれたように意識を取り戻し、動きづらいだろう彼に代わりパイプ椅子を戻した。

「ッ……デク……」
「えっと、お久しぶり、です。ダイナマイト」
「あ?」
「いや、大・爆・殺・神ダイナマイト!」

 ヒーロー名を略されたのがお気に召さなかったのだろうと言い直せば「ちげえだろ」と一蹴されてしまい、おまけに舌打ちまで鳴ったものだから僕はやかんを手に下を向いてしまう。なんのために呼ばれたのだろう、あ、麦茶か?

「かっちゃん、だろうが……」
「え?」
「チッ……俺は怒ってんだ。詐欺に遭った気分だ。いや、まさしく詐欺だろうが」
「えっと……」
「お前ン名前で依頼があったから受けたんだ。電話かけても居ねえ、打ち合わせにも来ねえ、当日だって探そうと出歩けば「ダイナマイトは控え室から出ないでください!」だとよ」

 僕は眼を吊り上げてはいたが、少年時代のような怒り任せの激情をぶつけて来ない幼馴染の「大人になった」とも言える様子に不思議と寂しさを覚えてしまった。麦茶を手渡せば静かに受けとられ、会わなかった年月を強制的に感じさせられた。
 きっと今の君となら、僕は普通に話せてしまうのだろう。でも、それがどうにも悔しくて、誰に対する嫉妬かわからないが汗ではない水分が僕の目尻に滲んだ。君を変えてくれたのは、雄英で切磋琢磨したクラスメイト? 戦場で戦ったヴィランたち? 立ち上げた事務所で支えてくれるサイドキック? そのどれもに僕は居ないだろうし、これからも一生交わらないと思えてしまう。それで良かったのに、良いと思っていたはずなのに、僕は今日の君を目の前にして抑えられそうになかった。
 目を閉じれば「君とヒーローになりたかった」あの日の中学生の僕が顔を出して、僕に笑いかける。その無邪気さが今はとても残酷だと感じた。

「君が、オファーを受けてくれて嬉しかった。大ピンチだったんだ……」
「おい、てめェ……」
「かっちゃんは、やっぱり僕のヒーローだね。救ってもらっちゃった」
「泣いてんのか、おいデク」

 かっちゃんは焦った様子で麦茶のコップをテーブルに置くと、一歩僕の方へ身を乗り出す。僕はそれを避けるように一歩後ろに下がった。

「……俺は、お前に謝っても許されねえことをした。今さらそれを許してもらおうなんて、思ってねえ」
「…………」

 かっちゃんがまた一歩足を踏み出すから、僕はさらに一歩下がる。背中に当たるテントのポールが、これ以上後ろに下がれないことを告げて僕はその場で立ち竦んだ。

「メールでも言ったが、ちょっと前の戦闘で怪我した時にお前の声が聞こえた気がした。勝つのを諦めんのかって、喝を入れられた。俺はきっと、お前が居なくてもヒーローでいられるし、お前だって俺が居なくても周りに助けられながら、順調に仕事して、出世して、結婚して、生活していくんだろう」
「……うん、そうだろうね」
「それがひどく、嫌だった。足りなかった。諦められなかった」

 かっちゃんにしては弱気な、絞り出すような単語での言葉だ。小さい子が言う駄々のようなソレは、まるで君の人生と僕の人生が交わらないことを「寂しい」と言っているようだった。
 一歩僕に近づいたかっちゃんを前に、僕はもう後退りしなかった。

「お前の人生を貰うのを、諦めたくねェ」

 かっちゃんはそう言うと、わざわざ籠手を外していつの間にか泣いていたらしい僕の目尻を優しく拭う。その感触に僕は耐えられずにやかんを落としてしまった。既に中身は空に近かったらしく、金属のぶつかる耳障りな音がテント内に響き渡った。

「僕の人生は、僕のものだ。あげられないよ」
「……そうか」
「僕のものだから、公務員っていう安定した職を手放すのも、僕の自由なんだ」

 僕の言葉にかっちゃんが眉間にシワを寄せると、力無くその手を下ろした。

「僕はヒーローに転職する。その為に何年も生活費を切り詰めて貯金してたんだよ」
「どういうことだ」
「ねえ、僕らがヒーローを目指したあの頃とは、大分社会も変わってきたよね。ヒーロー科に行くだけがヒーローの道じゃない。成り手不足の今、社会人向けの専門学校で免許も取得出来るんだ」
「でもてめェ、個性は……」
「個性が無くても、サポートアイテムを駆使してヒーロー活動する。できるようにする。諦めたくない」

 昨今の成り手不足を背景に、ヒーロー界では新たにヒーロー免許を取得出来る制度を整備し始めた。僕のような無個性や没個性でもサポートアイテムや補強術、対知能犯ヴィラン対策のサイドキック特化分析班を養成するコースもあるという。そのニュースを見た僕は、一度諦めた夢をもう一度目指す決意をした。専門学校に通う二年間の生活費と学費を賄えるくらい貯金するのが、ここ数年の僕の目標だったのだ。

「君の隣に立つのを、諦めたくないんだ」

 僕の言葉を聞いたかっちゃんは、珍しく目を丸くして呆けている。見たこともない「大・爆・殺・神ダイナマイト」の姿に、デフォルメされたあのTシャツを思い出して、僕は思わず破顔した。つまりは「かわいいな」って思ってしまったのだ。

「俺はどんどん先に行くぞ。待っててなんて、やらねェ」
「うん、すぐに追い付く」
「まあ、でも」

 「隣は空けといてやらんでもない」とかっちゃんは顔を背けて僕に言った。そのぶっきらぼうな言葉と裏腹に、かっちゃんは僕の手を握って離さなかった。痛いくらいに握られた手は、小さい頃に連れ立って遊んだ時を思い出させて僕の心を擽る。諦めの悪い僕らはきっと最初から同じだったんだ。
 目を閉じれば、僕の手を引いた幼い君が「早く来いよ」と僕に笑って声をかけた。

 

 

 

 

諦めの悪い僕らに声援を

 

 ちなみに詐欺メールだとばかり思っていた迷惑メールフォルダに入ったメールが、正真正銘君からのメールだったのだと気づくのは大名行列が終わった後のことだった。