原作軸 文化祭前の一コマ妄想SS
ちょっと穏やかすぎる勝×イヤホンは有線派のデ
文化祭まで三日を切った深夜のハイツアライアンスの一階談話スペースで、僕は一人ダンスの練習をしていた。芦戸さんに口酸っぱく言われている「ロック」するように動きを止め、尚且つリズムに乗るという普段やらない動きの連続に最初はぎこちなさしかなかったが、彼女の指導のもと少しは上達したように思う。オールマイトとの早朝特訓で習得しようとしている一点集中で空気弾を作り出す新技にも、通じるものがあるように思えた。そういえば僕が中学一年の時、あの時も学年みんなでソーラン節を踊ることになったが、僕は演者の選考に漏れてステージで踊れなかったっけ。僕は苦い過去を思い出し、ダンスの動きに一拍遅れが出たのを取り戻そうと焦り足が少しもつれてしまった。
「うおっ」
イヤホンをスマホに繋ぎ、ポケットに入れてダンスをしていた僕だが、勢い良く動かしすぎたせいかコードが腕に絡まって耳からイヤホンが飛び出た。「ふう」と一息ついて後ろを振り返り、飛んでったイヤホンを拾うと台所から視線を感じた。
「かっ……ちゃん」
そこには冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しているかっちゃんが、僕を憐れむように見ていたのだ。僕は完全に一人だと思っていたのに人が居たと言う驚きと、かっちゃんに今の一連を見られていた羞恥で口を震わせる。
「ハッ……どんくせ」
「い、居たなら声かけてよ」
「かけたっつの」
無視されたのはこっちだと言われれば、先ほどまでイヤホンをしていたのは僕だし何も言い返せなかった。というか、本当に僕に声なんてかけたのだろうか。あのかっちゃんが。
かっちゃんは部屋のミネラルウォーターのストックが切れたのか五百ミリリットルのペットボトルを何本か取り出すと、ソファに腰掛けて一本僕へ寄越した。なんだか今日のかっちゃんはとても穏やかで、僕は投げられたペットボトルを落としそうになりながらなんとかキャッチした。それを見たかっちゃんはまた「どんくせ」と言って微かに笑った。そう、笑ったのだ。もしかしてかっちゃんは少し寝惚けているのかもしれない。そうでなければ僕にペットボトルをくれたり、僕と同じ空間に居座ったり、笑いかけたり、そんなことをしてくれるはずがない。
「ありがとう。あの、かっちゃん眠いんじゃ……」
「ハァ? 眠くねー。それよりデク、てめェ朝早くオールマイトと何やってんだよ」
「あ、え? なんで知って」
「いいからはよ言え」
いつの間に見られていたのかわからないが、早朝にオールマイトと行っていたエアフォースの特訓のことを言っているんだと思い、僕はかっちゃんに今やろうとしてることを話した。フルカウルのパーセントを一時的に上げて空気圧を弾丸にして飛ばす――言葉で説明し切れないところは身振り手振りで説明している僕を、やはりかっちゃんは静かに聞いてくれていた。いつもなら途中で「話がなげェ!」とキレられるはずなのに、やはり眠いんだ。いつも早寝のかっちゃんが夜更かしするわけないもんな。
「――体の使い方が難しいところもあるんだけど、文化祭のダンス練習と一緒に使い方を覚えていってる感じかな……」
「遠距離攻撃が加われば攻撃の幅は段違いだからな」
「そう! そうなんだよ! かっちゃんもAPショットがまさにそうだよね!」
僕が興奮して言うと、かっちゃんはペットボトルに口をつけて一口飲んだ。僕の見間違いじゃなければ、また微かに笑いながらだ。
かっちゃんは雄英に入って本当に変わったし、あの夜にワンフォーオールとオールマイトの個性について秘密を共有してから、僕との関係も変わったのは感じていた。それでもこんなに穏やかに話してくれるのはレアだ。思えば麗日さんたちインターン組が補習から戻ってバンド隊のメンバーにかっちゃんが入っていて驚いていたが、僕はかっちゃんが音楽教室に通っていたことを知っていたから驚きもしなかった。ただ、僕が驚いたのはその後熱心にバンド練習をするかっちゃんの姿の方だった。みんなと一丸になって文化祭に臨むかっちゃんを間近で見れるなんて思いもしなかったんだ。しかも僕が一緒のクラスにいるのに。
「で、ダンスは順調かよ」
「一通りはね、覚えたけど……まだ動きのメリハリが甘いみたいで」
「やってみろ」
「えっ」
「イヤホンは外してスピーカーで流せ」
かっちゃんはそう言うと僕の前に移動して、近くのゴミ箱を足の間に持って来て置いた。どうやら自分はドラムリズムを一緒にやるようだ。というか、かっちゃんに見られながら踊るのか?僕一人で?
「む、むり……!」
「ハァ? 何恥ずかしがっとんだ。当日は大勢観客いんだぞ」
「そうだけど」
「大体、さっきも下手くそな踊り見たからいいだろ」
「知らずに見られてるのと、見せてるのは違うんだよ……」
「俺が直々に見てやるっつってんだ」
雄英全員音で殺んだよ、中学ん時みてえな舐めた踊りされっと迷惑だ。
かっちゃんの言葉に僕は驚いて彼の顔を凝視してしまった。そういえば中学時代にやったソーラン節、かっちゃんはキレキレの踊りでセンターを獲得していた。ステージで披露されたそれを、僕は遠い別世界の事として下から見ていた。何年も一緒にいたはずなのに、かっちゃんと文化祭のために練習するなんて初めてだったのだ。
「かっちゃん、ダンス得意だもんね……ソーラン節、上手だったもん」
「あ? あんなの小学生でもできんだよ」
「いや、かっちゃんだけキレが違ったよ」
オールマイトから個性を譲渡されて、雄英のヒーロー科に入って、君とまたこんな風に話せるようになって、僕は本当に恵まれていると思った。体育館のステージ下から君を見ていた中学生の僕に見せたらびっくりするに違いない。揃いの法被は着れなかったけど、揃いのTシャツは着れたんだよ。同じ曲で夜中に一緒に練習とか、しちゃうんだって。
「ねえ、かっちゃん、ちょっと一曲一緒に踊ってほしいのがあるんだけど……」
そう言って僕が耳郎さんの曲じゃなくニシン漁を歌ったあのアップテンポな民謡曲を流したら、かっちゃんは反射的に中腰の構えを取っていた。
始まってしまえばあとは踊り切るだけになる「あの曲」が終わって息を整える僕が「やっぱりかっちゃんはキレが違う」と言えば、かっちゃんは「これはダンスじゃねえだろ」と言ってまた微かに笑った。
「Shall We Dance?」
(僕とソーラン節踊ってください!)