強欲なヒーローたち という話の番外編小話です。
ついこの間まで寒かったはずだ。それが急にあったかくなってきやがって、あれよあれよと言う間に桜は咲いて、春一番の嵐で散っていった。
「花見したい」と言っていた出久は先週の地域ニュースを見ては、桜前線の動向を気にして今日こそ咲くか、咲いたら見にいこうとうるさかった。一晩で散っていった桜を見た出久は意気消沈して窓の外を眺めていた。そりゃあ、だからと言って散った桜に戻ってこいとは言えない。
じゃあどうするか、俺たちが桜前線を追うしかねえだろ。
「かっちゃん、本当に大丈夫?」
車の免許を三ヶ月前に取っていた俺は、この春に新車を購入した。俺好みの黒いSUV車はアウトドアに行けるよう、車内空間は広く車幅もデカい。免許もあっという間に取れたし、運転が不得意な方ではないため山二つ超えた観光地に行くのもどうってことないと思っていた。事実、山道は特段問題は無かった。城下町の風情ある街並みを抜け、桜の名所となっている城跡を目的地としていた俺たちは、指定の駐車場に向かっているだけなのだ。
ソレがなぜ出久に心配されているのかと。遠くから城に近づいていくにつれ、確かに「こんなところ行っていいんか」とは何度も思った。しかし、矢印は間違いなく進行方向を指差していた。段々と近づく城とお堀、ついには敵が城に攻め入るが如く石垣と石垣の間を縫って俺たちは車を走らせていた。俺の愛車の横を小学生くらいのガキが走って駆け抜けていった。もはや歩く人よりも遅い速度で走らせていると、出久が心配そうに俺に声かけた。
「三の丸駐車場って見た時から嫌な予感してたわ」
「こんなにお城の中まで車で入っちゃっていいんだ。いやぁ、お城に攻め入るみたいで楽しいね!」
「うるせェ! こちとら石垣にぶつけんじゃねえかって神経尖らせてんだっつの!」
「あ! 見て見て、お堀に桜が写ってる!」
「だァら見れねえってんだよ!」
俺の目の前を白い軽自動車がスイスイ通っていったのを見るに、俺の車幅でもぶつかりはしない設計になっているはずだ。しかし、敵襲に備えて死角が多い作りになっているのが仇になり、角を抜けた先から人が飛び出してくる度、何度も俺はブレーキを踏んだ。流石に新車を事故車にはしたくねえ。
ようやく開けたところまで進み、駐車場のチケット機まで見えてくると俺もほっと一息つけた。最後の砂利道を抜けてチケットを発券し、バーゲートをくぐる。城を目の前にした駐車場の真ん中ほどに停車して、俺はサングラスとシートベルトを外した。出久は一足先に駐車場へ出ると「早く早く」と子どものように俺を急かした。ったく、こんな一瞬で桜は居なくならねえっての。
「かっちゃーん! こっちー!」
大声で呼ぶ声は車に乗っている俺まではっきり聞こえて、俺はバックミラーに映る緑頭に苦笑してドアを開けた。
*
このソメイヨシノたちは、実はお城を復元した後に植えられたんですよ、と途中で解説をしていた団体客のツアーガイドが言っていた。「なあんだ」と子どもが面白くなさそうに呟いていたが、それでも桜の季節に城を中心としてこんなにも咲き誇る桜は、見事としか言いようがなかった。
花盛りに天気良しとくれば、人はごった返していたがそれでも平日のおかげで俺がヒーローだと気づく者はいなかった。花より団子ならぬヒーローより桜ってわけだ。
俺はスマホを起動させると、普段はあまり撮らないカメラを起動させて珍しく構えてみる。城を含めて一番桜が綺麗に映る画角を探して位置を調整していると「かっちゃーん」とまた俺を呼ぶ声が聞こえた。
「チッ……なんだよ」
俺は着いて早々「団子屋がある」と言ってまさしく花より団子だと駆けて行った出久が戻ってきたのだと振り返った。出久は俺の元へ向かう途中、小さな女児にぶつかったようで平謝りしながら走ってやってきた。手に持つ団子のパックから、一つ減っていたのはあの子どもにあげたからだろう。
「はい、かっちゃんの分」
「いらねえ」
「しょっぱいやつだから!」
そう言って出久は俺に香ばしい醤油味の団子を渡し、自分は桜色のあんこが塗りたくられた団子にかぶりついていた。出久は団子を食べながら、首を上向けて桜と城を見上げて「嬉しい」と呟いた。
「かっちゃんと桜見れて嬉しいよ」
「俺も」とは声に出さなかった。
代わりに俺は起動したままだったカメラを出久に向けて、桜色に染まる横顔をそっと画面越しに保存した。