プロヒーロー同士の勝デ 付き合ってはないかっちゃんは自分の事務所を立ち上げ、デクは雇われヒーローしてます。
色々と捏造がひどいのと、ヒーロー活動は全くしてないプロヒーロー設定詐欺です。
「あ~良い出会いねえかなあ」
その日はこれといった事件も起きず、俺はパトロールに出ること無く自席で事務処理をしていた。目の前のアホ面も内勤組の一人で、今の気の抜けた独り言も俺に向けて発したものだろうとは考えずともわかったが、俺は何も返さなかった。
カタカタとパソコンに向かって目を離さない俺を知ってか知らずか、いやこいつのことだから前者でそれでも気にせず話を続けた。上鳴の手元に溜まっている事件処理報告書は、先程から一枚も減っていないようだ。おい、アホ面今月の残業これ以上つけさせねえぞ。残業代で給料上げようなんざお見通しだ。
「社会人ってどこで出会ってるんだろうな~やっぱり合コン?」
「……」
「でも俺たち普通の土日祝休みの職じゃねえじゃん、ちょっと合コンもセッティングしづらいっつーか、合コンで知り合った子とは長続きしねえっつーか」
「………」
「あ、そいやこの間瀬呂の友達が結婚したらしくて、馴れ初め言ってたわ、なんだっけなあ~」
ベラベラと回る口は学生時代から数年経ったというに変わらず、昔より沸点が高くなった俺でもそろそろその口を黙らせて手を動かせようと口を開く。「お」の形で開いた口はそのまま、声がその隙間を通ること無く閉じることとなった。
「社会人サークルだってよ」
「お! 瀬呂おかえりぃ!」
「所長ただいま~」
俺が決まり悪く口を閉じることとなった元凶、外回りから帰ってきた瀬呂がコスチュームのヘルメットを外すと、俺に自身の印鑑が押された外勤報告書を手渡してくる。アホ面と違って要領良くスマートに事を運ぶこの男は、学生時代から変わらぬ飄々とした様子でいて、そこが好ましいと思って事務所に引き入れたのだと改めて思った。
「ご苦労さん。アホ面、てめェも見習えや」
手渡された報告書を見せつけるようにヒラヒラさせると、アホ面こと上鳴は「はぁーい」と気の抜けた返事をした。俺のこめかみに青筋が立ったのがわかったのか、上鳴は慌てて「それより!」とロッカールームに行こうとしていた瀬呂を呼び止めた。
「社会人サークルって!何だよそれ!」
「そのまんま、色んな職場の人で集まってバスケやるサークルだってよ」
「なるほど、社会人になってそういうみんなでスポーツやったり活動していく中で自然と付き合うってわけか……」
「上鳴もなんか参加すれば良い出会いあるかもよ」
「SNSで時々タグまわってくるよな!よし!」
「まあでも、俺たちの仕事的に休みも不定期だから参加するのは中々難しいけどな」
瀬呂が今度こそロッカールームに消えて行くと、上鳴は「良いこと聞いたぜ!」とスマホをポチポチさせていた。てめェ、就業時間内は私用でスマホ使うなって何回言えばわかんだよ。学生時代の友人を自分の事務所に引き入れるにあたり、俺が一番気を付けていたことは公私混同を避けることだった。
高校時代のインターンを含め、プロヒーローとなった数年間をベストジーニストのもとで経験を積んだ俺は、事務所経営は「規律」にあることも十分に学んでいた。事務員はもちろん、いずれ他のサイドキックを雇う可能性がある以上、友人同士の「なあなあ」で事務所経営をしては内部から崩壊していく恐れがある。所長となるからには俺が「正す」必要があるのだと思っていた。
キッ!と吊り上げた目で上鳴を見たが気づく様子の無いアホ面に、俺はついに堪忍袋の緒が切れた。久しぶりに事務所内に爆発音が響き渡ることとなったが、業務中に遊んでるやつが悪いのだ。アホ面のアホ面がさらにアホ面になったが、手は目の前の報告書を片付けようと必死に動かしていた。
俺は先程の瀬呂の言葉に、そういえば、と最近付き合いの悪いあのクソナードを思い出していた。
(今日、電話してみっか……)
*
『ごめんかっちゃん、その日はクミアイ活動があって無理なんだ』
出久と連絡を取って会うようになったのは、プロヒーローになって一年が経った頃だった。お互い東京の事務所に入ったはずだったが、学生時代と違って全く顔を会わせない日が続いた。馴れない社会人生活、初めての一人暮らし、思った通りに活躍できないジレンマから、ストレスも溜まっていた。
今思えば、雄英を卒業して本当にあっという間に一年経っていたと思う。
俺はふと、ガキのころから高校まで、顔を会わせるのも嫌だった時期もあったあの幼馴染みの顔をずっと見ていないことに気付き、胃液が戻ってくるのを感じた。今朝から何も食べていないからだろうと思いたかったソレは、確かに吐き気だった。
このまま、二年、五年、十年、何十年と出久と理由が無いと会わねえのか、幼馴染みって言ったってそんなもんか。
(そんなこと、させてたまるか)
交換だけして使うことのなかった出久の連絡先を探すのは少し大変だったが、それさえも久しぶりに「おもしれぇ」という感情を俺に思い起こさせた。
それから、お互いに時間のある時に飯を食いに行ったり、トレーニングしたりして数年経ったが、ここ最近出久との予定が合わない日が続いた。いや、休日は同じなのに出久に予定がある日が増えたのだ。
今日も今日とて俺がわざわざ電話までして予定を聞いてやったら「無理」ときたもんだ。出久は年々俺に遠慮が無くなってきた。それが嫌だと思ったことはない、むしろ心地好いと感じていたが、こう続くとやはりイラつく。クソデクの癖に生意気だ。
「あ? クミアイ、カツドウ?」
『うん、僕今年度の労働組合の役員なんだよ』
「労働組合……」
ついに順番回ってきちゃったよねえ、と他人事のように出久は電話の向こうでがちゃがちゃやっている。先ほど電話に出た時は外を歩いてるようだったが、音の様子から家に着いたのだろう、スピーカーにしてテーブルにでも携帯を置いたのがわかった。出久の声がビニール袋をがさつかせた向こう、さっきよりも遠い距離から聞こえてくる。
出久と飯を食いに行くことは増えたが、お互いの部屋に行ったことはない。俺たちの距離は不思議なもんで、未だに友人ではないだろうし、幼馴染みというにもぎこちない距離感が続いていた。ただ、「繋がり」が無くなってしまうことをお互いに恐れている。
俺は玄関から台所までの距離や、テーブルと出久の声の遠さからあいつの部屋を想像してみる。そこまで大きい部屋に住んでいる感じはない。
俺も入ったことの無いあいつの部屋に、入ることを許されている者はいるのか思考を沈ませているとは知らずに出久は少し声を張り上げて話し続けている。
『かっちゃんの所は集まり来る人いないのかな』
「知らねえ」
『まあ、最近は労組活動に参加してない、そもそも組合入ってない事務所も多いもんね』
「そうなんか」
『でもさ、ヴィジランテ時代からヒーローが公職になって、さらに民間事務所として経営していく歴史という面から見ても今までの事務員やサイドキックの待遇を変えてきたのは労組の頑張りもあったんだよ』
なんて、先輩の受け売りだけど。
冷蔵庫のドアが閉まる音と同時に、出久が携帯をまた手に取ったのだろう。息づかいが聞こえるほど近くから出久の声が聞こえた。
『喋ったことないヒーローはもちろん、事務員さんとか営業担当さんとか居て、人脈広がる感じがして新鮮だよ』
ーー社会人になってそういうみんなでスポーツやったり活動していく中で自然と付き合うってわけか……ーー
俺はここ数年感じていなかった胃液が戻ってくるような感覚を味わった。吐き気、焦燥、恐怖、なんとも言えない気持ち悪さは昼に食った背油ジトジトラーメンのせいだと思い込ませ、「は」と息を吐く。
こいつ、俺の知らねえところで誰かと付き合って結婚していくつもりかよ。
(させてたまるか)
それはまるで、お気に入りのおもちゃを取られて癇癪を起こす幼稚園児のような衝動だったが抑えられる訳もなく、理由を見つけることも今の俺には出来なかった。
「……も……ぃく」
『ん? かっちゃんなんか言った?』
「おれも、いく」
『何に?』
「クミアイカツドウだよ」
いやに不貞腐れた声が出た俺がおかしかったのか、出久は吹き出しながら「かっちゃん」と言った。幼子を宥めるような出久のくすくすという声はスマホ越しに俺の鼓膜をくすぐる。
『何言ってるのさ』
かっちゃんは労働者じゃないだろ
くすくすが止まらない出久は「ちょっと所長しっかりしてよお」と軽口を叩いてから「じゃあまた」と電話はそこであっさり終わってしまった。
そうだ、俺は賃上げ交渉される側じゃねえか。
いつもならすぐに思い至る当たり前の事実にも気付かず、無意識に俺は口に出していたのだろう。呆然としばらく暗くなったスマホの画面に写る自分の顔を見つめていた。十代の頃に比べて頬の丸みが無くなった俺の顔は、昔は母親似だと言われていたが、歳を重ね徐々に父親に似てきたように思う。
”ピリリリリリリ”
不意に鳴り出すスマホは黒い画面から着信を告げる騒々しい画面へと変わった。考えてる時にタイミング良く電話してくるとは、勘の良さに恐怖さえ覚えた俺は「チッ」と短い舌打ちとともに、受電するため軽く画面をタップした。早く出なければ何を言われるかわからない。そこに写る名前は、この世で一番俺が頭の上がらない人物だった。
『勝己! もう家なの?』
「あ? そうだけど」
『なら良かったわ~』
もしもしも言うこと無く、用件から入るところはもはやいつものことで、素っ気なく返す俺に気にするでもなくババアの声は止まらない。
『ちょっと次はいつ帰ってくるの? 実はねえ、この前親戚の、ほら大きい婆ちゃんの弟さんいたでしょう?』
「山の婆さんの一番下の」
『そうそう、その弟さんの容態が悪くなっちゃったらしくてね、結婚してなかったから病院とか役所とかの手続きするのに勝さんが行かなくちゃいけないのよ』
山の婆さんというのは父方の祖母のさらに母親、つまり俺からみて曾祖母にあたる人物だ。曾祖母自体は俺が小学校低学年の時に亡くなったが、時代だろうか兄弟がたくさん居て、確か葬式で見た曾祖母の末の弟はあの時まだ定年退職を迎えたばかりだったはずだ。
「ンで、俺に何しろって」
『一日オフの日があったら勝さんと予定合わせて病院と役所、あと社会福祉協議会行ってきてほしいのよ』
「ババアは」
『お母様でしょ! ……タイミング合えばあたしでもいいんだけど、勝さんも勝己の方が良いって』
何か大きい荷物でもあるのかもしれないと思った俺は「はあ」と溜め息をついたあとそのまま了承の返事をした。ちょうど出久に断られて一日オフになった日があったからその日を提案し、あとはジジイが帰ってきてからか、と俺が電話を切ろうとしたところをババアに止められた。
『勝さんの予定はね、あ、その日大丈夫そうよ。何も入ってないから。今のうちに予定入れちゃおう、カ、ツ、キ、マ、サ、ル、病院、と』
「あ? スケジュール帳にジジイの予定も入れとんのか」
『これねえ、スケジュール共有アプリ! 休みの日と予定を擦り合わせするのに便利よ~夫婦とかカップルで使ってる人も多いって』
まあ、あんたに使うような良い相手いないか!
高笑いしたババアに電話口で聞き捨てなら無いことを言われたような気がしたが、俺はそれどころではなく「これだ」と思った。
(これで出久の予定把握し殺す)
俺はババアとの電話を早々に切り上げると、目当てのアプリをダウンロードしそのまま出久に情報を送りつけた。
*
”ピロン” ーデクさんが予定を登録しましたー
あの日ただ一言「これダウンロードしてカレンダー共有しろ」という俺が送りつけたメッセージを既読にした出久は、特に何を言うでもなく意図を理解したのか、次の日に言われた通りに登録してきた。昔から刷り込まれた俺に対する「従順さ」は、こういう時に役に立つのだと俺は改めて思った。
俺が一通り仕事のシフトをオレンジ色で入れれば、出久もそれに倣って自らのシフトを緑色で入れていた。
日勤、日勤、当番夜勤、非番、公休。俺も出久も同業者だから似たようなシフトが並ぶ中、合いそうで合わない休みよりも隙間で「ここ飯行けそうだな」というのが目に見えてわかるのがストレスフリーで助かった。
ある日の昼休憩中に通知画面を見られたアホ面に、スケジュール共有アプリする恋人が出来たのか問い詰められたのが面倒だったが、それを越える快適さがあった。そもそも上鳴にはその場で「あ? 出久だわ」と言ったら、何故かいつものアホ面ではなく生温い顔で微笑まれた。上鳴は横にいた瀬呂に「友達同士でスケジュール共有アプリまで使う?」とかなんとか言ってたが、俺と出久が友達のわけねえだろ、きめェこと言ってんなって意味を込めて無言で爆破してやった。
「労働組合会合、西地区小学校合同防災教室、町内会清掃……」
しかし、しかしだ。
最初こそ隙間が見えていたカレンダーは、徐々にその隙間を緑色の予定で埋められていくのだ。明らかにオレンジ色の割合が少ないカレンダーは、某イカのゲームだったら負けている。出久の予定は多岐に渡っており、この間の電話で言っていた組合活動など序の口だったのだとわかる。そもそも夜勤明けの体で町内会清掃に行くなんてあいつはお人好しを通り越してアホだろ。寝ろ。
「運動会来賓、ヒーローチャリティーバザー(売り子)、同窓会……あ? 同窓会?」
先ほどの通知で新たに登録されたのは「同窓会」という予定だったようで、いつもならまた意味わからない予定が入ったと流すところだったが、同窓会と聞いては「そうですか」と流すことはできない。俺はあいつと同窓以外になったことがないはずなのに、予定に入っていないのだから。
俺は意味のわからん予定たちに紛れる「同窓会」を問いただすべく、出久と俺の予定が合っている唯一の夕飯時の予定を押さえることにした。
”ピロン” ーカツキさんが予定を登録しましたー
<いずくメシ>
コメント:話がある
場所:出久の事務所近く 探しとけ
登録した予定にはちょっとしたコメントや場所を設定出来るため、名前をつけておけば詳細を見るであろう出久に向けて俺は指示を出しておいた。そのまま昼休憩を終えてパトロールに戻った俺は、事務所に帰るまでスマホに触らなかった。
事務所のロッカールームで数時間振りにスマホを起動させると、出久からメッセージアプリで「了解!」とスタンプが来ていた。大方俺の登録した予定を見たのだろう。
集合の日時を合わせる事務連絡を送り、当日まで連絡を取ることは無かった。今思えばこれが良くなかった。俺は当日の二時間前に出久から指定された店をメッセージ上で見た時に思わず二度見したのだった。
*
「かっちゃん、鍋つゆ何にする? この期間限定のやつとかどうかな」
直角で申し訳程度のクッション感しかないベンチが床に固定されたボックス席に案内された俺たちは、タッチパネルのメニューから鍋つゆをどれにするか選ぶ。
そう、ここはしゃぶしゃぶ九十分食べ放題の店だ。
「……麻辣火鍋つゆ」
「あ、かっちゃんはやっぱりそれか。僕は鶏白湯にしよ!」
別にこういった店が嫌いな訳ではない。ただ、それなりに良い大人で、仮にもヒーローという職につき、出久に至っては「平和の象徴」なんて言われてるわけだ。まさか「話がある」って連絡しとるにも関わらず食べ放題指定するかよ。こういう時はゆっくり話せる個室の居酒屋とか行くもんだろ。
デクと呼ばなくなって久しいがこいつはやっぱり「木偶の坊」かもしれん、と俺が思っているとは露知らず出久は勝手に鍋つゆをオーダーして九十分の食べ放題を始めようとしていた。
「おい、出久。てめェ店選び下手かよ」
「え? なんで?」
「普通時間制限あるとこ選ばんだろ」
俺との食事は時間ぴったりで帰りてえってことかよ、とジトり恨みがましく睨むと、出久は「なんで」の顔がさらに「ほえ?」という、時々するぶりっこのような顔をして俺を見ていた。どうやら本当にわからんらしい。
「ぼく、しゃぶしゃぶ食べ放題って結構好きで……一人暮らしの野菜不足補えるし、どんだけ食べても一定の料金で気兼ね無いし……」
俺は別にしゃぶしゃぶ食べ放題を否定しているわけではないのだが、出久は尚も「いかにもな理由」をブツブツ言っていた。
「まあ、もう別にいいわ。どこで食っても話すことは変わんねえからな」
「あ、それ。かっちゃん話ってなに」
「この間てめえが入れた予定の話だ」
「ん? どれだろ」
「同窓会」
「同窓会?……ああ!あれ」
『オマタセシマシタ』
出久が喋ったと思ったら感情の無い声がそれを遮ってきたため、二人してその主に目をやると、テーブルの横に配膳ロボットが音もなく現れて鍋つゆをとれと訴えかけていた。
俺は天板にのる鍋つゆを持ち上げてテーブルの中央に設置すると、出久が勝手知ったる様子でロボットの「配膳終了」ボタンを押して帰って行くロボットに手を振っていた。ロボットに手を振る……こいつ今年で何歳だよ、素でやってんのか?
「九十分始まっちゃった! とりあえず肉と野菜頼んでおこう」
「熟成牛肩ロース、大判のやつ」
「あ、それプレミアムコースでしょ。今日ノーマルだから無いよ」
「は?クソかよ」
「普通の牛でいいよね」
「おい」
出久がパパパっとタブレットで頼んでいるのを横目に、さっきの同窓会がなんだったのか結局聞けずじまいじゃねえか、と俺は烏龍茶に口をつけた。
「かっちゃんつみれ頼む?」
「頼む」
「レタスはマストだよね、ネギもとりあえずたくさん頼んどこ」
「もみじおろし」
「はいよー」
はいよーってなんだ、俺に対して適当な返事してンじゃねえ。
出久は一通り頼み終えたのか、タブレットを俺の方に寄越してきたが俺は「いらん」と首を軽く横に振った。タブレットを所定の位置に戻した出久は、手元のお碗皿にポン酢を準備しながら先ほど遮られた同窓会について話始めた。
「同窓会は、雄英の同窓会報誌の編集のために集まるだけだよ」
出久の話によると雄英の同窓会はかなり大規模らしく、五年に一回変わる役員決めであれよあれよと推薦されてしまい、東京支部の俺らの代の役員になってしまったそうだ。
俺の知らないところで同窓会に参加する出久は居なかったようで、まさかとは思いつつ万が一を考えていた俺は認めたくないが安堵した。同時に俺は、こいつ「ちょろい」と思われているのではないかと、ほいほい引き受けるクソお人好しっぷりに怒りさえ覚え始めた。
「てめェ、いろいろ引き受けすぎじゃねえのか」
「う~ん、当たり年なのかな」
「いくらヒーローだからってなんでもかんでもやらんでいいだろ」
「でも……」
『オマタセシマシタ』
俺のお説教モードがヒートアップしそうなタイミングで、また感情の無いあの声が邪魔してきやがる。今度は肉やら野菜が大量にのっており、感情が無いはずなのに「はよ取れ」と言われているようだった。出久も感じ取ったのか二人して手分けしてぽいぽいテーブルに移す。おい、串揚げこんなに頼んだの誰だ、出久しかいねえか。野菜いっぱいとれる嬉しい~とか言ってたのどこのどいつだよ。
仕事終わりの出久は辛抱たまらんといった様子で、野菜と肉をこれでもかと鍋つゆに入れていた。それじゃしゃぶしゃぶじゃなくて鍋だろう、と俺が呆れた目で見てるのに気づかず、出久は「かっちゃん串揚げ食べる?」と何故か充実しているサイドメニューの串揚げ盛り合わせを手渡してきた。
俺はレンコン揚げだろう一つを手に取り出久に皿を戻すと、出久はまたもやタブレットで追加注文をしていた。
「この朝練ってのはなんだ。スポーツサークルでも入っとんのか」
「あ、それ?ソバブだよ」
「ソバブ?」
「蕎麦! 轟くんのプロヒーロー蕎麦部」
俺が「ケバブ」の発音で言ったソレはなんとも間抜けな響きをしていた。てっきり新しいスポーツか何かかと思えば、あの半分野郎の好物じゃねえか。っつうか蕎麦部は百歩譲って良いとして朝練ってなんだよ。
「朝練は出勤前に立ち食い蕎麦屋でキメることだよ」
てめぇそんな顔して「キメる」とか言うな。解釈違いなんだよ、と俺が串揚げについソースをかけすぎていると、出久は蕎麦部の珍妙な活動内容を話始めた。
曰く、昼練は文字通り昼休憩で蕎麦食べること。それぞれ朝練も昼練も意外に合うトッピングとか新しいお店の情報を部員に逐一知らせるらしい。地方遠征は出張先で美味い蕎麦屋の情報を仕入れてくること。四半期に一回行われる対外試合は、精鋭部員で集まり、あえて蕎麦屋以外の店に入って全員で蕎麦以外を食し、勝敗を決めるらしい。この間はうどん専門店ととても良い勝負をしたが、かろうじて蕎麦が勝ったそうだ。おい、俺は何を聞かされている。
「忙しいならその蕎麦部は引退しろや」
「え~、でも蕎麦部は僕が初めて入った部活だし、しかも僕副部長だし」
「じゃあ休部しろ」
この意味不明な部活のせいで俺の誘いを断った日もあったんじゃねえかと思うと腸が煮えくり返る思いだったが、出久に「かっちゃんもプロヒーロー登山部でも発足したら」と受け流され、引退させる事はできなかった。
「なんで今年から急にこんな色々誘われたんだろうって思ってさ、この間事務所の人に相談してみたんだよね」
「断らないだろってナメられとんだ」
「まあ、それもあるんだろうけどさ。僕のまわり結婚し始めたみたいでその皺寄せが来てるみたい」
『緑谷くん結婚してないでしょ、良い出会いあるかもしれないし参加してきなよ』
『緑谷すまん! 俺新婚でさ、あんまり休日に外出てばっかだと家族サービスしろってうるさくて』
『すみません緑谷さん、私結婚して家庭に入ることになったのでこの役職引き継いでもらえませんか?』
俺は出久がここ最近言われたという言葉達を聞き、それ見たことかと鍋つゆで泳がせ過ぎて少し固くなった肉にかぶりつく。
当の出久は「確かに良い経験させてもらってるから全然いいんだけどね」と、あっけらかんと言いながらぎゅうぎゅうになるまで入れ込んだ野菜や肉をあっという間に平らげていた。
恋人いない歴=年齢であろう出久を見かねて、出会いの場に誘導されてるのだろう、そりゃそうだ。クソナード気質で仕事人間な出久が身を固められるよう、どうにかおせっかい焼きたい周りの気遣いでもあったのだ。
おい、このままだとこいつホントに知らん間に結婚しとんぞこりゃ。結婚式の新郎新婦紹介ムービーで流れる馴れ初め話だって想像がつく。「お二人の馴れ初めは切磋琢磨して一緒に練習を重ねた蕎麦部で……」いや、こっちじゃねえ。「一緒に協力して作り上げた同窓会報の編集作業、そこから一年間、時に仕事帰りの忙しいなかで顔を合わせる度に愛を育んできたお二人……」クソがこちとらそんな数行で終わる馴れ初めじゃねえんだわ。幼少期からまとめたら披露宴の大半が馴れ初め話で終わるぞ。
俺が思考の海を泳いでいるうちに、またもやレタスやネギも麻辣火鍋つゆの中で泳ぎすぎてくたくたになっている。出久は「かっちゃん少食だね、もったいない」とくたくたになる前の肉を何枚か俺の鍋つゆから拐っていった。野菜も食え。
「俺もてめェも良い年だ、肉ばっかりじゃなくて野菜も食わねえとダメだ」
「そうだよね! 野菜も追加しよう」
「出会いの場が増えてんのも、身を固めろってこったろ」
「……かっちゃんもぼくも、か」
「てめェは口ばっかで串揚げとか肉ばっか食ってんだろ。大体しゃぶしゃぶ来て聞く「野菜いっぱい食べる」宣言ほど信用出来んもんはねェんだ」
「うぐっ……耳がいたいです」
『オマタセシマシタ』
俺がこんこんと出久を詰めていると、緊張感の無いロボット配膳が追加の肉と野菜を持ってやってきた。出久は言われた手前野菜を自分の方に置いて肉を俺の方に置いている。さっきの肉はほとんど自分が食べたという自覚があるらしい。
「だから結婚すんぞ」
「……え、かっちゃん結婚するの」
「家庭に入れ、俺が野菜いっぱい食わす」
「なに、それ。ぼくのこと?っていうか僕、結婚しても仕事は辞めないよ! っていかそういうことじゃなくて!」
目をぐるぐる回している出久と違い、俺は変に冷静だった。なんだ、こんな簡単なことだったじゃないかと思うのだ。出久が俺の知らないところで勝手に誰かと付き合って、誰かと結婚していくのが気にくわない俺と、結婚してないから事あるごとに引っ張り出される出久。どっちも解決する良い方法があったのだ、と俺はつっかえが取れたように晴れやかな気持ちで冷めてしまったレンコン揚げを口に入れた。不意に感じていた吐き気はもう治っていた。
「そうだな、家庭に入れとは言わねぇ。でも結婚すりゃ、てめェは周りにおせっかい焼かれて変な会合ばっか行かなくてよくなんだろ」
「そんな、僕のためにそんなことまでかっちゃんがする必要は……」
「俺はお前が、どこぞの誰かと知らねえとこで出会って育んだ愛とやらの馴れ初めムービーを結婚式で見るつもりはねえ」
フンッと勢いよく言ってしまえば「それが言いたかったのだ」と俺はすっきりした気持ちで出久を真っ直ぐ見据えた。
出久はうっすら湯気が立っている鍋の向こうでもわかるくらい頬を赤らめて、俺を凝視していた。驚き見開かれた両目は微かに潤んでいて、薄く開いた口の端はゆるく笑みを浮かべている。俺はその顔が何を意味しているか、嫌というほど知っていた。
「なんだよそれ、それじゃきみ、まるでぼくのこと……」
「ンだよ……」
「いや、うん」
『ラストオーダー ジュップンマエデス』
配膳ロボットが空気を読まずにテーブル横にやって来て言い捨てていく。どうやらいつの間にか九十分経とうとしていたようで、満腹になった家族連れや学生グループが帰宅し始めている。まさかこんなテーブル席の一角で人生を決めようとしているなんて思わんだろうな、むしろ店側もこんなところでプロポーズされるとは露程も思ってないはずだ、と俺は改めてこんなところで出久と見つめあっている滑稽さを噛み締めていた。
ラストオーダーの声に遮られたことで沈黙することになった出久に、俺が痺れを切らして「嫌なんかよ」と問えば、出久はついに目尻から涙を決壊させ笑いながら「ぼく、プロポーズがしゃぶしゃぶ食べ放題っていう馴れ初めムービーはちょっと恥ずかしいな」と言ってきた。出久が心底嬉しいときに浮かべる泣き笑いに、俺は機嫌良く鼻で笑って吐き捨てた。
「てめェの店選びが下手くそなんだよ!」