君にもう一度呼んでほしかった

なんちゃってSFパロディ勝デ小話

 

 

 

 

 

 

『本日の日没時間は十九時です。皆さん速やかに帰宅準備を進めてください』

 男性にも女性にも聞こえる耳に優しい声が天から降って来ると、僕の周りで農作業をしていた者たちは思い思いに帰り支度を進めていた。今日は随分日没時間まで長かったな、と僕が汗を吸った軍手を取るのに苦戦していると横から「おい」と意地悪そうな声が聞こえた。

「4201254……」

 僕らに名前は無く、あるのは生まれた日付と時間だけだ。
 ここは宇宙に浮かぶ大きな母船から、さらに分岐した『小さな農村』という扱いの小型コロニーだ。僕らの祖先が月から脱出して次の安住の地を求め始めてもう数百年が経ったが、新しく人類が定住できる星に到達していない。あと数千年はいくつもの銀河を越えて旅をするのだ、と一部の科学者が見通しを立てていた。
 そもそもの始まりは地球が生物の住める星では無くなったせいだった。性別という概念ももうとっくに無くなった。伸縮自在の布袋を準備して、今日の収穫物を急いで入れている「4201254」も僕も、たくさんのDNAが保管されている「中枢部」で作られたいわゆる試験管ベイビーだ。昔々の与太話だが、地球と呼ばれる青い綺麗な惑星で、僕らの祖先の祖先が暮らしていた頃は「個性」と呼ばれる宇宙人もびっくりな能力を持った人類が蔓延っていたらしい。
 中枢部の人間たちはその「個性持ち」を復活させようと何百年も躍起になっているんだ。最後の個性持ちは九十歳間近の老婆で、月に向かう宇宙船の中で息絶えた。「個性」は「個性因子」と呼ばれる細胞が作用しているのを随分前から研究されきっていたが、いよいよ個性因子は人類の体の中から無くなってしまった。その最後の個性持ちのDNAを基にたくさんのベイビーが生まれたってわけ。
 僕は思う。本当に最後の老婆は「個性」を持っていたんだろうか、と。僕らのような試験管ベイビーが人口の八割を超えてもなお、個性持ちなんて生まれていないのに。

「おい、7150635! ブツブツやめて手ェ動かせや」
「うわあ、ごめん! ってほぼ全部終わってる!」
「ふん、もう俺らしか残ってねえっつの」

 そう言って4201254は大きな布袋の片方を担ぎ、僕にもう片方の取手を放った。僕は慌ててそれを握ると、同じように肩に担いで歩き出した。

「今日は日没まで長かったよね」
「『夏至』の日に設定したっつってた」
「『げし』?」
「一年で一番『太陽』が出てる時間が長い日、らしい」

 僕は太陽を見たことが無いから、一年の中でそんな日があるなんて想像もつかず「へー」と気のない声になってしまった。そんな日をリアルに作らなくていいから、毎日同じ日没時間にしてほしいよ全く。

「そしたらさ、一年を十二ヶ月にしようって決めた人もいるってことかな」
「いる」
「一ヶ月を三十日にした人も?」
「ああ」
「一週間を…」
「いる」

 僕はまた「へー」と言って物知りな4201254を尊敬の眼差しで見つめた。そういえば4201254は難しそうなルナ語の本を読んでは、僕にわからない言語で意地悪して話しかけてきたことがあった。今はもうほぼ言ってこないけど、ずっとずっと昔の地球に居た「個性」を駆使して戦うヒーローたちのお話。僕は夢中になって続きをせがんで、おとぎ話に夢馳せたっけ。もし万が一、僕らに「個性」が出たらヒーローになりたいと言って聞かなかった僕に、4201254は「絶対に無理だ」って意地悪言ってきてよく泣かされた。

「縺�★縺�」

 肩が不意に重くなり、僕は立ち止まった。4201254はうんうん唸る僕にばかり担がせて、袋の取手をその肩から外していた。両手を見つめて立ち止まってしまった4201254に僕は口を尖らせた。早くしないと、今日の配給に間に合わないかもしれない。せっかく農作業で作った食料も、自らの腹に入らないことほど悲しいことは無いのだ。

「4201254? どうしたの」
「いや、早く行くぞ。食いっぱぐれる」
「君が手を離したんですけど……」

 「うるせ」と言って再度担ぎ直した4201254の手から、微かに焦げた煙のような匂いがした。僕はそれがとても懐かしくて、見たこともないのに『太陽』の匂いってこんななのかなあ、と思った。

「縺壹▲縺ィ荳€邱偵□縲√ョ繧ッ」

 4201254は僕に聞き取れない言葉を言うと僕の唇に自分のそれを重ねた。これに意味があるのか、何度尋ねても答えてくれない。日没時間ギリギリに仕掛けられるそれを今日も受け入れると、同時に明るかった農場はブチリと音をたてて真っ暗になった。人工太陽の供給が切れたのだ。

「……縺九▲縺。繧�s」

 この行為の時は「言え」と4201254に小さい時から教え込まれた一言を呟くと、4201254は暗がりに爛々と光る赤い瞳を嬉しそうに細めた。暗闇に溶けた僕らの唇が重なるのを見る人は、誰も居なかった。

 

 

 

 

 その名を、
  君にもう一度呼んでほしかっただけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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