最終回後のネタバレ含みます。
うっすらデ→死前提の勝→デの小話
『よぉ死柄木、そっちで元気にやってるか』
獄中で書かれたとある自伝本は、まるで遠い街で暮らす旧い友人へするような軽い挨拶から始まっている。
ヴィラン犯罪と言うにはあまりにも大きすぎる事件、いや、ヒーロー対ヴィランのもはや内戦と呼ぶに相応しい大戦から約一年経った。街の復興が順調に進めば進むほど、人々の記憶から薄れてくる頃合いだ。ヴィラン名スピナーこと伊口秀一が執筆した『敵連合』はゲリラ的に発売され、あれよあれよとベストセラーになった。書店で平積みされたポップにはセンセーショナルな見出しが並ぶ。
ヴィラン連合の真実⁉︎〜死柄木弔という人物を内部に居た受刑者が語る〜
スピナーを通して『敵連合』に書かれた死柄木弔は、俺が知る死柄木弔とは違い、ゲーム好きのどこにでもいる普通の若者のように感じられた。
俺は発売されてから持ち主が何度も読んだに違いない、目の前の草臥れた本を手に取った。俺の後ろの席に残るいつもの黄色いリュックから、ちらりと顔を出していたその本こそ、『敵連合』だった。出久のことだ、帯は早々に外してそうなものだったが、折り目が擦り切れて色が薄くなっていた。ガキの頃に入ったっきりの出久の実家にある子供部屋を思い出す。勉強机からベッドまで卓上ライトのアームを目一杯伸ばして、やや薄暗い灯りの下で読んでいるのだろうか。いくつかのページは何か飲み物をこぼした後のように、パリパリとした紙の感触がした。
「かっちゃんお待たせ! ごめんね、帰ろうか」
不意に教室のドアが開くと、日直の仕事である日誌を職員室に提出し終えた出久が急いで帰ってきた。寮生活も悪くは無かったが、地元ということもあり俺と出久は実家から通うことに決めた。入学当時からは考えもしないが、俺らは一緒に登下校までしている。出久が未だリハビリが続く俺の右手を気遣っているのもあるし、俺がそれにつけ込んでいるのも大いにある。
「あ、それ……」
出久は俺の手に握られたソレに気づくと、大きい瞳を微かに揺らして目を逸らした。俺は口の開いたリュックにそのまま突っ込んで「飛び出てたぞ、ちゃんと閉めとけ」とリュックごと出久に投げつけた。出久はバツが悪そうに重そうなリュックを両手で抱え込むと、急いで留め具を閉めていた。
出久は、死柄木にワン・フォー・オールを渡した時に、泣いていた志村転弧に会えたと言っていた。全てを聞いたわけではない。そもそも出久はその時のことを多くは語らなかった。ただ「忘れることは一生無い」のだと言い切った顔は、俺が知らないあいつの顔だった。
「出久」
「ん?」
「あと何パーくらいだ?」
あの日、病室で出久の中からワン・フォー・オールが無くなったと聞いた後から、幾度と確かめるソレは日に日に少なくなっていた。出久はいつだってあっけらかんと「一気に減っちゃったかも」なんて言うもんだから、俺が一番ワン・フォー・オールの残り火に執着しているようで焦れったかった。
「二十……十五パーくらい」
「てめッ……また減ってんぞ」
「うん」
出久はいつものオールマイトカラーのマフラーを首に巻きつけキュッと結び、リュックを背負うと「かっちゃん行こう」と手を伸ばした。いつものように俺の右手を支えるための左手だった。来年の今頃、出久は俺の隣に居ないだろう。先月の進路希望調査で「教師になろうと思う」と言ってきた出久を、俺は「そうか」と言ってやるしか無かった。もう泣こうが喚こうが出久が決めたことを覆せないとわかっていたのだと思う。
俺は過去を振り返ったりしない。それでもやっぱり「もし」は考えてしまうわけで。「もし出久がワン・フォー・オールを引き継がなかったら」「もし出久が最初から個性を持っていたら」「もし俺があの時手を取っていれば」時が戻ることは決して無くて、出久がオール・フォー・ワンとワン・フォー・オールの戦いに身を投じたことが必然だったのだとわかっていてもなお、考えずにはいられなかった。
「かっちゃん……?」
教室のドアを開けた出久が、振り返って俺に伸ばした左手をを手持ち無沙汰にしている。俺は出久に伸ばしかけた手を止めて目を瞬いた。出久の後ろからその身体をすっぽりと覆う線の細い男の両腕が見えたのだ。両腕は俺に差し伸ばした出久の手を、恭しく包み込む。もう一度瞬きすると一瞬で消えたソレは、俺の幻覚だったのだろうか。あの忌々しい両手が包んでいたところを掻き消すように、俺は出久の手を取って走り出した。
「かっちゃん! ちょっと!」
「いいから早く来い!」
なあ、死柄木弔さんよぉ、満足か?俺の幼馴染が差し伸べた手はさぞあったかかっただろ。俺がクソみてえな「弱さ」のせいで取れなかったあの「手」を掴んだんだろう?死んで勝ち逃げされちゃあ、こちとら堪ったモンじゃねえんだわ。
飯田がこの場に居なくて良かったと思えるほど、俺たちは日の暮れた廊下を逃げるように走り抜けた。出久は俺に手を引かれながら、時折背後を気にして薄暗い廊下の先を確かめていた。
俺の幼馴染が誰かを思って夜な夜な流す涙も、何処か空を見ては微笑みかける顔も、今はただただ見ないふりをした。
彼岸で待ち合わせ