そうだ未練だ文句があるか

プロヒーロー勝×雄英教師のデのお別れから始まる勝デ小話。

 

 

 

 

 

 身に覚えの無い荷物が届いた。
 夜勤明けの俺の身体に、早朝だというのに照りつけるような夏の朝日がドッと疲れを増長させていた。その疲れのせいか、俺は玄関先のダンボールに気づかず軽く爪先で蹴っ飛ばしてしまった。中身は適度に重かったのだろう、俺の足で蹴ってもびくともしなかった。足を折りたたみ屈んでダンボールに貼られた伝票を確認する。住所は俺の家で間違いないが、氏名はつい先月までここに住んでいたヤツの名前だった。俺は置き配指定されて玄関前に置いて行かれた哀れで滑稽なダンボールを、両手で抱え仕方なしに玄関の中へ入れた。
 俺と出久は先月の初めにいわゆる「お別れ」をした。付き合う付き合わないを明確にした覚えは無かったが、多分同じ気持ちで二人一緒に住んでいた、と思う。雄英教師として働き始めた出久とプロヒーローとして忙しくする俺が、休日を一緒に過ごすことなんてほとんどない。「一緒に住もうか」と言い出したのは意外にも出久だった。俺はそれに面食らい「おう」とも「いや」とも取れる中間のような声を出して応えた。その俺のらしくないフニャついた声が面白かったのか、出久は「どっちだよ」と笑いながら言ってきたから、俺はもう一度力強く「そうだな」と声に出した。
 満ち足りてたか?幸せだったか?後悔は無いか?そのどれにも「イエス」と言えるはずだったのに、俺と出久は呆気なく終わりを迎えた。こうしてダンボールに書かれた名前と睨めっこしていても、原因という原因が見当たらない。俺は誰にもぶつけることのできない行き場の無い憤りと、夜勤明けの溜まった疲れがそうさせたのかダンボールのテープを勢いよく剥がした。間違えて送ってきやがったヤツが悪いんだ。中身を暴いてやろうと意気込んだ俺の前に、ダンボールの隙間から顔を出したのは、仰々しいピンク色にラッピングされた「誰か」への贈り物だった。俺は出久に似つかわしくないその包装紙を見て、ある夏の日を思い出していた。

 

 

 

「いずくはこっち」

 出久が母親と住む団地の中には、子どもたちが遊べる遊具がいくつかあるちょっとした公園があった。
 俺は持ってきたお菓子の空き缶にぎゅうぎゅうと砂を入れ、砂場にパカりとひっくり返す。大きさの違うもう一つの缶にも同じように砂を入れると、先ほどの四角い砂の上に重ねた。公園の入り口で拾った十字に見える枯れ枝を挿せば、建物に見えなくもない。花の一つでも飾ればそれらしくなったものを、俺は茶色一辺倒のそれを「教会」に仕立て上げ、家のおもちゃ箱に唯一あったそれっぽい人形である、アメリカのカウガールの格好をした人形を出久に手渡した。そのままでは格好つかないから、母親の化粧品を包んでいた花とピンクのキラキラした包装紙を勝手に人形の髪の毛にテープで貼り付けてた。カウガールのデニムのパンツルックに到底似合わない半透明のキラキラしたビニール製の包装紙は、朝一番に集合したにもかかわらず容赦なく照りつける夏の朝日に反射して目に痛かった。

「なんで? いやだよお、ぼくもオールマイトがいい!」
「おれがオールマイト! いずくはこっちなんだよ!」
「やだ! ぼくもおうちからお人形もってきたよ?」
「ケッコンするのに同じ人形じゃおかしいだろ!」

 先に結婚式してみたいって言ったのは出久なのに、せっかく俺が準備してやったのに。その日の出久はどうしても聞き入れなくて、俺は母親の目を盗んでゴミ箱から取ってきた包装紙が急に馬鹿馬鹿しくなった。出久の手に持たせていたカウガールの人形をひったくり、髪の毛に貼ったそれを剥がして手の中に丸めた。砂場に建てた急造の「教会」も、お気に入りのソールが光るスニーカーが汚れるのも構わずぐちゃぐちゃに潰した。
 泣き虫出久がいつものように泣きながらそれを見て、足元に転がっていた自分のオールマイト人形を拾って腕の中に抱き締めるとポツリと呟いた。

「ケッコンシキ、いっしょのがよかったんだよ……」

 

 

 

 

『久しぶり』
『元気にしてた?』

 身に覚えのない荷物が届いて二日後、正直どうしようかと俺が思っていたところに渦中の人物から連絡が来た。出久からのメッセージは要らぬ世間話がつらつらと続き、本題に入るまでえらく長かった。それがあいつの要領を得ない話し方と全く一緒で、俺は画面に向かって軽い舌打ちをした。

『僕宛ての宅配物が届いてないかな?』

 最後の一文に向けてだけ俺は一言「届いた」と返すと、出久は取りに行くからちょうどいい日時を教えてと言ってきた。俺がさらに「今日」と指定すれば出久から了解と返ってきた。俺は知らずにつめていた息をようやく吐き出し、そのままスマホの画面を消した。四角い真っ黒な画面には、俺らしくもないニヤけた顔が映っていたから急いで眉間に皺を寄せる。こんな顔を同僚に見られたらたまったモンじゃねえ。そんな画面が黒くなったのも束の間、軽い電子音をさせてさらなるメッセージが送られてきた。出久だ。

『どこで待ち合わせる?』

 それは、出久がもう俺のアパートに来ないという意思表示だったのだろう。別れた恋人としての線引き。出久の魂胆が目に見えた俺は、アパートの最寄り駅を指定してスマホをポケットに仕舞った。あいつも大学四年間で勘も鈍ったか。俺の死に際で足掻く諦めの悪さを、出久は重々承知だと思っていた。

「ごめん、待った?」

 地下から長く伸びる階段を二段飛ばしで駆け上がってきた出久は、軽く息を乱してはいたものの、それは遅れてしまった焦りからに他なかった。どうやら今でも適度に体を鍛えているようだ。俺はいくつかある地下鉄の出入り口の中でも一等控えめな出口を指定していた。俺が寄りかかっていた道路脇の標識から体を離すと、出久は俺の周りを見渡して不思議そうに言った。

「あれ? 荷物は?」
「俺んち」
「えっ」
「行くぞ」

 俺は出久が返事するのも待たずに歩き出す。出久は納得いかないという雰囲気を出しながらも、俺の三歩後ろをついてきた。一緒に住んでいた頃はあんなにもベラベラと聞いてもいないことを話してきたくせに、出久は黙ってただ後ろを歩いている。牛丼チェーン店やコンビニといった駅周りの店の明かりから遠ざかり、線路沿いの道を右に曲がると俺のアパートだ。気持ちゆっくりと歩く俺の前に、黄色と黒の細い棒が下がってくる。続けて鳴り響くカンカンという耳障りな音。遮断機の前で待つ俺の横に出久が並んだ。

「持ってきてくれても良かったのに……」
「あんな重てえモン俺に持たせるつもりか」
「えっ……そんな重かった?」

 別に持って来れないことは無かったが、そう言ってやるのは癪でついそう言ってしまった。出久はお得意のブツブツ喋りで何やら考え込んでいる。「そっか」「やっぱりお母さんには重かったかな」俺は耳聡くそれを拾い上げると、聞かずにはいられなかった。

「おばさんに、やんのか」
「あ、うん。お母さんの誕生日プレゼント。スムージー作れる機械。お母さん最近健康志向で……いやあ、びっくりしたよ。『荷物届いた?』って連絡したら届いてないって言われてさ。でも配達済みになってたから慌てて宅配先確認したら、君の住所だった」

 「通販サイトの住所変更してなかったんだよね」と照れ笑いする出久に、俺は言いたいことは山ほどあったが口に出来なかった。あのピンクの包装紙を見た時から、喉の奥につっかえていた魚のトゲのようなものがスルリと抜けた。カンカンと踏切警報音は止まらない。それもそのはずここは悪名高き『開かずの踏切』だ。だから俺は普段この道を通らない。

「変更すんの」
「え?」

 俺の声は踏切警報音によってかき消されたようで、出久が俺の方を向いて聞き返す。踏切の赤色閃光灯に照らされる俺たち二人は、交互にその顔色を赤色に染めていた。

「一緒に住めば、住所変更しなくていいだろ」

 俺が口を開くと同時に、踏切の中に入ってきたのは十両編成の電車だ。電車の音にかき消された俺の声を、出久は聞こえたのか聞こえなかったのか。ぎゅうぎゅうに人が詰め込まれた電車が通過しやっと開いた踏切を、今か今かと待っていた自転車や車が渡っていく。俺たち二人が歩き出さないのを迷惑そうに一人の高校生が後ろから抜かしていったのを見送り、俺もやっと踏切に足を踏み入れた。

「あのさ!」

 俺のボディバッグについている小さいチャームを、出久が人差し指と親指だけでちょんと摘んだ。そんな掴み方じゃ引き留める力なんて無いはずなのに、俺はそこを動けなかった。間髪入れずに踏切警報音が再度鳴る。ここが開かずの踏切と言われる理由がこれだった。一つ電車が通ってもさらに電車が来やがる。遮断機は無常にももう一度俺と出久の前に降りた。

「最近、君の好きだったバンドの曲ばっか聴いてるんだ」
「……」
「ヘヴィメタなんて好きじゃ無かったのにさ、なんでだって思うよ。嫌になる……」

 赤色閃光灯が出久の頬を濡らす涙を赤く染めていた。俺は自分のボディバッグから、アパートに出久が忘れていったオールマイト柄の手拭いを取り出した。赤・青・黄色とやかましい色合いの手拭いは全く俺の好みじゃねえが、最近いつでも持ち歩いていた。その手拭いを出久の頭に被せてその涙を拭うと、出久は「住所変更、しなくていいかなあ」と呟いた。出久の頭に被せられたそれはさながら花嫁のヴェールのようで、やっぱり出久にはピンクの包装紙よりこっちがお似合いだった。俺が「すんな」と力強く言えば、出久は嬉しそうに頷いた。

 

 

 

 

 そうだ未練だ文句があるか