uraraka

「ちょっといいか」

 爆豪くんからそう声をかけられたのは、雄英らしい賑やかな卒業式の名残も消えた頃だった。B組の物間くんとド派手な演出を決めた爆豪くんは、雄英のブレザーを肩にかけて、先程まできっちりと締められたネクタイは首元から消えていた。きっと普通の男女なら卒業式後のこんなタイミング「告白か」と思うだろうけれど、私は爆豪くんから真逆の雰囲気を感じ取っていた。
 さながら一年時の体育祭の時のように、私は震える指先を隠すようにスカートの端をキュッと握った。久しぶりの高揚と武者震いだった。

「どうしたん、こんな人気のないところで」
「……」

 雄英の広大な敷地内、校舎を囲む私有林は陽が傾き始めたこともあり鬱蒼としていた。爆豪くんは珍しくその目を伏目がちに何度か唇を開いては閉じてを繰り返す。あの爆豪くんが、第一声を迷っているのだ。

「デクくんのこと、ちゃう?」
「……なんでそう思う」
「爆豪くんが私に話しかけるとしたら、デクくんのことだよ」

 私がそう言えば、爆豪くんはバツが悪そうに首筋を掻いていた。あの爆豪くんが悪態つかなかくなっただけ、三年間で人間性が成長を遂げたのだろう。私は明日から灰色のブレザーを脱ぎ、「高校生」というラベルの剥がれる私たちを考え急に寂しくなった。
 私も爆豪くんも、デクくんのワン・フォー・オールの残り火が無くなったと聞いたのは、全てが終わった後だった。特別なことなど無い、巨悪のために培ってきた力の最後としては随分呆気ない最後だったと聞く。私はデクくんが「個性が無い」からと言って彼のヒーローたらしめるものが無くなったとは当然思えなかった。でも、それと同時に今までボロボロになって戦う彼をずっと見てきた私は、どう足掻いても人のために体が動く彼だから、個性が無い状態でヒーロー活動をすればどうなるか容易に想像できた。
 ――パワードスーツを作るという。誰の?もちろん緑谷出久のに違いない。
 私は爆豪くんと飯田くんからその話を聞いた時「やられた」と思った。「言っていいんや」「ずるい」「私だって」言いたい言葉が沸々と湧いた。
 高校三年間私は「男の因縁」と最初に定義づけた、どうしようもない幼馴染二人を見てきたからわかる。爆豪くんはきっと私と一緒や。お互いにお互いを羨ましいと思っている、ない物ねだりの似た物同士。 
 
「これだけは言っておきてェ」
「何を?」
「『デク』を……ヒーローデクをもう一度望むのは、俺のエゴだ」

 爆豪くんは卒業式に向けて短くし過ぎてしまったのだろう、首筋を仕切に撫でるその仕草はいつもあるはずの髪の毛を掴めず空振っていた。そんならしくない爆豪くんが何を言いたいのか、私は少しわかってしまった。

「俺の『デク』は意味がちげえから」
「うん」
「あいつがヒーローとして、デクになったのは麗日のおかげだから」
「そう、かな」

『頑張れって感じで、なんか好きだ』
 初めて「デク」の由来を聞いた時、私が彼に言った言葉だ。そういえば、あの時はあんなにもすんなり「好き」を言えた。
 なあ、爆豪くん。私負けんよ。ヒーローとして人を救いたいし、被身子ちゃんみたいな子を見逃したくないし、私は私のヒーローを全力で目指すよ。そこに緑谷出久がどんなカタチでも居てくれたらいいと思ったんよ。でも爆豪くんは「隣」で一緒に同じところに行きたいんやろ。
 じゃあ、完全勝利の爆豪勝己がそこまでデクくんのこと連れてってよ。

「あーーーー!」

 私は鬱蒼とした林を吹き飛ばすように、校舎の中まで響くような大声をあげた。急に大声をあげた私に驚いた爆豪くんは、珍しく目を丸くして口を半開きにしている。

「おい、どうした……」
「頑張れって感じのヒーローとしてのデクも、爆豪くんが名付けた出来損ないのデクも、全てが『今』の緑谷出久やろ!」
「あ?」
「爆豪くんは? デクくんをどうしたい?」
「俺は……」

 爆豪くんは一瞬言い淀んだ後、苦々しくポツリと「今度こそ、手を取りたい」と言った。それはきっと人の心を軽くする魔法なのだと、私は身をもって知っていたから、つい笑ってしまった。本当のところ、ボロボロになって戦うデクくんが素敵だと私が思っているように、小さい頃の出来損ないの『デク』こそが爆豪くんの求めている緑谷出久なのかもしれない。それでも私たちは「余計なお世話」も「エゴ」も、ヒーローの本質だって知っている。これは余計なお世話、彼のエゴ。でも、今までだってずっとそうだったんだ。私たちはままならないから、どうしようもないから、遠回りだって諦めずにはいられない。
 制服を脱いだ私たちがヒーローとして働き始めて何年後かわからないけれど、次に緑谷出久と――いや、『デク』と再会する時に向けて、私たち一時休戦だね。

「ねえ、爆豪くん。これって恋バナ?」

 私がそう言うと鬼の速さで爆豪くんから「やめろ」と言い返された。決して「違う」とは言われなかったのを私がニマニマ笑って指摘すれば、爆豪くんは舌打ちとともに踵を返してその場を後にした。私は去り際の爆豪くんの後ろ姿、切り過ぎた髪の隙間から見えた耳が季節外れの赤みを帯びているのを見つけてしまった。……やっぱり恋バナで合っとったやん。

 

麗日お茶子は発見した