昔から、僕にだけ聞こえる声がたくさんあった。
障子くんのように見た目でどうこう、っていういじめは無かったけれど、小さい頃は良く「こうじくん、だれとおしゃべりしてるの?」なんて言われてしまったりした。その度にお母さんに泣きついた。「どうして」「なんで」「みんなには聞こえないの」って。僕のお母さんも、僕と同じ個性を持っていた。みんなと同じじゃないといけない、なんて法律で決められてるわけではないのに、僕らは異質を排除する。個性教育は行き届いていた地域、世代を経た個性社会。だけど、僕自身が嫌だった。僕しか聞こえない動物たちの声は、どれも楽しいものばかりでは無かったから。嫌だよ、苦しいよ、という声を聞く度にどうもしてあげられない自分が嫌になった。自然と口数も減ったいったんだと思う。
緑谷くんが雄英に戻ってきた。僕らA組が全員で連れ戻しに行って、全員で気持ちをぶつけた。僕も、今までで一番大きな声を出して緑谷くんを呼んだんだ。高く舞い上がった君を、どうしても引き留めたくて。「大丈夫だよ」と聞いて、安心してもらいたかった。
僕の「生き物ボイス」は、心操くんと違って人間を操るようなことはできないし、人間の声を聞くことはできない。でもあの時の僕は、緑谷くんの言葉が聞きたくて、僕も言葉で伝えたかったんだ。だって、聞こえなくたって緑谷くんは「本当は帰りたい」とその身体いっぱいで言っていたから。
その日の朝は、いつもより早く目が覚めた。僕はハイツアライアンスの一階へ降りると、リビングのソファに茶色い毛布をかけて寝ている緑谷くんを発見した。どうやらあの後、みんなと話して寝落ちてしまった緑谷くんは部屋には戻らずずっとソファで寝ていたみたいだ。せっかく安心して寝ている緑谷くんを起こさないように慎重に足を進めると、キッチン横のテーブルに座るもう一人の影を見つけた。爆豪くんだ。
爆豪くんは、その席からじゃ緑谷くんの顔なんて見えないだろうに、テーブルに頬杖をついてソファの背もたれから微かに見える緑色の癖っ毛を見つめていた。普段の彼からは到底想像つかない――いや、つい昨日のあの雨の中、緑谷くんに頭を下げた爆豪くんと同じような、柔らかい目をしていた。正直最初は苦手の部類だったし、今でも良く喋る方ではないけれど、一年間同じクラスに居ると段々気づくこともある。
「いずく」
小さな声だった。
それでも僕はその一言で、爆豪くんがどれほど緑谷くんの帰還を喜んでいるかわかってしまった。朝日に照らされ始めたハイツアライアンスのリビングに、窓の外からカラスが一声あげようとしていた。小さき者たち、今はどうか束の間の安寧の邪魔をしないで。木々の隙間から差し込む光が、緑谷くんと爆豪くんの間に一筋線を引いた。それは綻んだ関係を修復するための生糸のようだった。僕の願いを聞き入れてくれたカラスはもう既に東の空へ飛び立っていて、僕も続こうと静かにその場を後にする。
何度も言うけれど僕は人間の声を聞くことは出来ない。それでも、あの吹けば消えてしまうような呼びかけに爆豪くんの心の声が痛いほどわかるような気がした。