爆豪くんの怒声が聞こえなくなったのは、いつからだろう。
あの大戦を経た私たちは二年生に進級して、ようやく日常を取り戻した。いや、街は依然復興の真っ只中で、私たちは復旧作業に忙しいし、重症だった子たちも体調万全ってわけではない。そして心操くんがA組に転入して……青山くんはA組を去った。大々的な送別会をした時は、涙を見せずにいられたけれどやっぱり青山くんの居ない教室はミラーボールを失ったディスコのようで、私は入り口近くの席をつい見てしまう。
二年生になってもA組は席替えせずに、私の席は一番前の一番端っこだ。後ろは爆豪くんで、その後ろが緑谷くん。私は入学当初から爆豪くんの怒声やら嘲笑やらを後頭部で聞き続けてきて、もちろん見えはしないだろうけど振り向くのも躊躇していた。「こっち見てんじゃねぇよ」って言われそうだし。
「かっちゃん、今日一緒にセントラル行く日だよ」
「おお」
「あ、その前に僕ちょっと本屋寄って良いかな」
「別に良い。そん代わり……」
「いつものCDショップだよね? この間頼んでたやつ来た?」
「来た」
爆豪くんはまだ個性の使用許可が降りておらず、緑谷くんもワン・フォー・オールの関係で二人してよく病院に呼ばれていた。その度に一緒に教室から出ていく様子は、入学当初からは考えつかない二人の姿だった。それにしても、病院に行って帰るだけなのに結構楽しんでるじゃないの、と私は後ろを振り向かずに聞き耳を立てる。
「新譜出るの五年ぶりって言ってたよね、そのバンド。この間かっちゃんが言ってたから、僕も家に帰って調べて聞いてみたんだ。すっごく良かったよ! 特にダブルベースの重低音が――」
「わかったっつの。出久の感想聞いてたら病院前に寄る時間無くなるわ」
「あっ……そうだね、ごめん」
「…………聞くか?」
「えっ」
放課後の教室からは一人、また一人と帰路に立ちもう半分も残っていない。だと言うのに爆豪くんは随分小さい声で呟いたようで私も緑谷くんのように「え?」と聞き返してしまいそうだった。
「ウチ来て、一緒に聞くか?」
爆豪くんが声を発する前の、息を吸う音がやけに大きく聞こえた。一秒も無いだろう沈黙の後、爆豪くんの提案に緑谷くんは「行く!」と元気よく答えた。さながら犬が主人の散歩を待ち侘びて吠えたが如く、その返事は嬉しさで溢れていた。その声の大きさに帰りがけの心操くんが何事かと振り向くのと、緑谷くんが「あ! その前に職員室行って提出物置いてこなきゃ!」と言うのは同時だった。ドタバタと教室から出ていく緑谷くんを、やっぱり心操くんが何事かと訝しげに見て、教室のドアを閉めて行った。
私はもう良いかな、とゆっくり後ろを振り向く。そこには机に座り前を向く爆豪くんが、顔中に堪えきれない笑みと頬の赤みを滲ませて居た。見えないのを良いことに私が凝視していると、すぐに気づいた爆豪くんがいつもの顰めっ面で「見てんじゃねぇ」と凄んできた。いや、もう見ちゃったものは見ちゃったもんね。
私が「放課後デート、嬉しいね?」と言うと、爆豪くんは学校中に響き渡るような久しぶりの怒声をあげた。