「やっぱり俺には無理です」
もう数えきれない何度目かの失敗の後、俺が弱気になってそう言うとイレイザーヘッドこと相澤先生は大きな溜息を吐いた。何度も口酸っぱく言われていることは、よくわかっている。「俺が習得に何年かかったと思っている」そう言われるはずだ。そんなこと俺だってよくわかっていたし、相澤先生が教えてくれるこの環境で何を弱気になっている暇があるか。ヒーロー科編入が検討された前例があるとはいえ、この長い開校年数の中でほんの一握りだ。俺は現状に焦っていた。
「お前、ヒーロー科来たらどっち入りたい」
「え?」
相澤先生は捕縛布に絡まった俺を見下ろし、そう言ってその場でしゃがんだ。絡まった俺の捕縛布を一緒に取ってくれるわけでもなく、ただ近づいてもう一度言う「A、B、どっちがいい」と。俺は自分で選んで入れるもんなのか?と甚だ疑問だったが捕縛布から這い出るのを諦め、しばし思案した。B組の物間の個性と俺の個性は、その属性的に親和性が高そうだから一緒に訓練してみたい気もする。しかしここはやっぱりA組だろう。
「Aがいいです」
「俺のクラスだからか?」
「いえ……」
相澤先生は俺の否定に「そこはYESであれよ」とぼやいていた。俺はそれにしまったと思ったが時すでに遅し、口を遮るための両腕も捕縛布に絡まったままだった。
「緑谷と、もう一回戦いたいんです」
「緑谷? ああ、体育祭でやってたねお前ら」
「今度は勝ちたい」
緑谷出久は俺の洗脳を打ち破り、最後は肉弾戦となったことで個人戦で敗れた相手だ。俺は緑谷戦で自分の目指すべきモノと改めて向き合うことが出来たように思う。なぜ自分はヒーローになりたかったのか。ヴィラン向きの個性と言われ、日の目を見なかった自分がそれでも「憧れ」てしまったどうしようもない気持ちを、真正面から向き合うことが出来たんだ。緑谷と何か喋ったわけではないけれど、俺はあの時と違う自分を見せるなら、まずは緑谷へだと決めていた。
「しかしなあ……A組きっての問題児だから、あいつ。心操とトレードして除籍になるかもな」
「緑谷が問題児? あの爆豪じゃなくて?」
「爆豪ももちろん問題児。問題児二号」
聞くと夜中の演習場に勝手に忍び込み、個性使用した大喧嘩をしたそうだ。爆豪はわかるが、まさか緑谷がそんなことを仕出かすなんて意外も意外だ。俺がそれを聞いて呆気に取られている間に、相澤先生は「ったくあいつら勘弁して欲しい……」とくたびれた外見も相まって一段と疲れを見せている。ひいては教師の時間外労働の愚痴にまで発展しそうなそれを、地面に這いつくばる俺に止める術は無かった。
しかし、愚痴を言いながらそのくせ楽しそうな相澤先生の姿に、俺は根底にある「期待」を感じ取った。良くも悪くも緑谷と爆豪がヒーロー科の空気を変える存在だと言うことは、側から見る俺たち普通科の間でも話題だったから。
「ちなみに除籍するならどっちですか」
俺の問いに相澤先生は一拍言い淀むと「一緒にだな」と言った。いつの間にか捕縛布の絡まりを解いてくれた相澤先生が、俺に手を貸して地面から起こすと不敵に笑う。
「あいつらは二個セットで置いとくやつだ」
「阿吽の像みたいに?」
俺は緑谷と爆豪が筋骨隆々の阿吽像のようにポーズを取る姿を想像してしまった。いや、二人とも戦闘向きの強個性だから似合うだろうけども。日が暮れてきたため今日の特訓がお開きになると、俺は相澤先生と校舎へ一緒に戻った。寮に帰る俺と違い、相澤先生は残務処理に一度学校へ戻ると言う。
「ありがとうございました」
俺の言葉を背中で受けて手を軽く挙げた相澤先生は、去り際に一言「シーサーみたいなもんだ」と言った。俺は一瞬何のことかわからなかったが、先ほどの「二人」のことだと気付き俺はその場で苦笑した。除籍だなんてよく言うよ。俺は「A組の魔除けのお守り」を、相澤先生が手放すとは到底思えなかった。