もしお前がインドなら 番外編

もしお前がインドなら という話のデク視点番外編小話です。
よろしければ上記の話を先にお読みください。
デクがモブとしか喋ってないのでご注意を。

 

 

 

 

 僕がこの排気ガスと土埃、家畜のにおいと、どこからともなく漂っているスパイシーな香辛料のにおいに包まれて生活するのも早数週間が経った。公安経由で機密の潜入依頼が打診されたのは二ヶ月ほど前だった。表向きの派遣ヒーローはファットガムを中心とした、警察との連携に長けたヒーローたち数名だったが、思うように事が進まず、僕の危機感知の個性の力を借りたいということで話が来たのだ。
 人とバイクでごった返している道を歩きながら、僕の手には撮影用のカメラをつけた自撮り棒を持っている。傍目には「動画を撮ってインドを旅する若者」として映るように、インドの街に馴染むよう歩いていた。
 さて、今日も撮影と言う名の捜査をしようかと思っていたところに、不意に僕のスマホに着信が入りカメラをオフにして電話に出た。

「もしもし」
『もしもし、今大丈夫ですか』
「うん、大丈夫だよ。何かあった?」

 電話をかけてきたのは公安所属のヒーローだった。僕も今回の事件にかかわるまで存在を知らなかったアングラヒーローの駆け出し新人だ。
 その個性は変化の一種で、髪の毛を食べるとその人の顔と声になれるのだという。体と個性はコピーできないが、持続は髪の毛一本につき一日らしい。
 僕がインドに来て潜入捜査をしていることは極一部の人だけに教えられている機密事項だ。だというのに、僕がやらかしてしまったのは初日の空港で、観光で来ていた日本人に写真を撮られていたらしく「デクがインドにいた」という写真とともに投稿されたソレの火消しを公安がしてくれたというのを、数日後になって知った。それにしても「デクはインド」とかいう大喜利大会はやめてほしかった。
 その頃から、僕が日本にいることを印象づけるために件の彼が駆り出されたということらしく、敵を欺くにはまず味方からだそうで先の新人ヒーローが僕の顔とコスチュームをつけて僕の管轄に出没してくれている。

『勤務終わりにダイナマイトに拉致されたんですよ!』
「ちゃんとかっちゃんって呼べた?」
『怖かったですけど、呼べました』

 彼には事前に僕の交遊関係等の資料と髪の毛を数十本渡してある。さすがに長時間接触するとボロが出るだろうと、極力誰とも関わらないようにしようね、と僕と彼で話し合っていた。
 しかしかっちゃんは鋭いからな、きっと僕が何かおかしいと思って接触してきたのだろう。

『なんか夜勤明けにコーヒー屋に連れてかれて、付き合ってるから普通だろとか冗談言われて、ダイナマイトも冗談とか言うんスか!? 二人ってガチで付き合ってたり……』
「ハハハ、ダイナマイトにからかわれたね、それ」
『早いとこ終息させてくれないと、マジでヒーローデク演じるの胃が痛いですから! ショートにもなんか怪訝な顔されましたし~』
「……がんばるよ」
『先週から急に烈怒頼雄斗も合流したって言われて、一人二役ですよ!? 俺の個性では体はコピー出来ないってのに、烈怒頼雄斗のコスとか露出やべーんスよ!』
「うんうん、頑張って」

 アングラヒーローとしては到底似つかわしくない明るい性格の彼だが、実力は公安が引き抜いただけのことはある。しかし、この可愛げこそホークス直々の後輩たる所以だろうかと僕は電話口で苦笑いしていた。

「それで、ちゃんとメロンクリームソーダにしてくれた?」
『それはもう、事前に資料もらってましたからバッチリです』
「ダイナマイトは何か言ってた?」
『特に何も……無言で二人で朝飯食べて解散したんで、それもまた怖かったですよ』

 僕は何度かかっちゃんに誘われて夜勤明けに行ったあのコーヒーチェーン店を思い出していた。僕たちはもちろんお付き合いなんてしているわけではないが、流れで彼の家に行ったり、その逆もあったりしてかつての僕らより健全な距離感で「幼馴染」をしていた。

(きっとかっちゃんには、僕じゃないことバレちゃってるだろうな)

 それでもソレを誰かに言いふらすようなヒーローではないことは、僕が一番よくわかっているから焦りもなかった。ただ、彼がどんな気持ちで「僕と付き合っている」なんて冗談を言ったのか、僕はそればかりが気になって気もそぞろに電話を切ったのだった。
冗談じゃなくてもいい、と思ってしまった僕と同じ気持ちだったらいいのになんて。

(帰ったら、かっちゃんの作ったカツ丼食べたいなあ)

 どんな料理にも入っているマサラの風味に飽きていた僕は、幼馴染の作る出汁が効いた絶品カツ丼を思い出して知らずのうちに口の中に涎が込み上げた。