enji todoroki

「お父さん、見て! あれ!」

 冬美が俺の車椅子を押しながら、高層ビルの液晶に映るデジタルサイネージを指差した。そこにはヴィランが暴れる様子を上空から撮影した映像を中継しており、ヒーローがその対処にあたる様子がリポートされていた。
 
『あ、今現場にヒーローがやって来ました! デクです! 先日驚愕の復帰を果たしたヒーローデクが来ました!』

 緑谷は黒鞭のような鋼鉄のワイヤーを駆使して空中を飛び回ると、強化された足のサポートアイテムでヴィランを豪快に蹴り飛ばした。緑谷のかつての戦い方を知る者にとって、懐かしい光景だった。後方には聞きなれた爆音と、見ようによっては蒼にも見えるほど火力の上がった末息子の炎が見える。俺はそれを目にして「あの頃」を懐かしく思い出していた。

  
 息子の焦凍から珍しく「お願い」の連絡が入ったのは、インターンに俺の事務所に来たいという願ってもない申し出のためだった。俺はそのメッセージを受け取った際、思わず炎調節を超えた熱をコスチュームの隙間から出してしまい、隣に居たキドウから暑いと言われてしまった。いや、キドウなら俺の熱などその個性でどうとでもなるだろうに、わざと「暑い」と言っているのだ。しかし、メッセージには続きがあった。「友達」がインターン先が無く困っているから連れて行ってもいいか、という内容だった。俺は焦凍が学校内で仲良くしている友人を保護者として見極める必要があると感じ「良いぞ」と二つ返事で答えた。
 連れて来たのは、後に深く付き合うことになる「緑谷出久」と「爆豪勝己」という二人の少年だった。
 
 緑谷出久は不思議な少年だった。はじめて認識したのは焦凍が高校一年の時の体育祭で、焦凍と一対一の個人戦で当たった時のことだ。俺は焦凍の対戦相手として相応しい「超パワー」の個性の持ち主に正直興奮していた。オールマイトに似た体力増強型の個性は、焦凍がいずれオールマイトを超える際の良い練習相手になると考えていた。廊下で対面した緑谷出久は戦っている姿とは裏腹になんとも線の細い、言ってしまえば頼りないただの少年のようだった。俺は少しでも焦凍の実力を見せしめようと、発破をかけるつもりで緑谷出久に声かけたのだ。それが、怖がりながらも俺をまっすぐ見て言い放ったんだ。「轟くんもあなたじゃない」と。プロヒーローで、現ナンバーツーの、しかも自分でも子ども人気があるとは言い難いこのエンデヴァーに向かって、言い返すことが当然であるかのように言ってのけたのだ。緑谷出久との体育祭での一戦から焦凍は変わった。頑なに使わなかった左側を――炎の個性を使い始めたのはこの日を境にしたのは言うまでもない。あの日の焦凍が緑谷出久に何かをもらったように、オールマイトを超えられない若き日の自分が、もし緑谷出久に出会っていたらどう思っただろうか。俺は緑谷にもなれない自分を直視出来ず、嫉妬してしまったかもしれない。
 反して爆豪勝己はわかりやすい少年だった。体育祭で焦凍を負かした優勝者で、個性の使い方や戦い方は他の生徒の頭一つ抜きん出ていた。しかし言動にやや難があり、ヴィランにその危うい精神性を見出され事件に巻き込まれるなどしていた。A組内で唯一焦凍と一緒にヒーロー仮免試験に落ちてしまったと聞いた時は、しかし何故か意外だとは思わなかった。奇しくもオールマイトの引退、繰り上がりのナンバーワンに俺が苦悩を感じていたのと同じように、爆豪や焦凍はヒーローとしての在り方を模索していたのだと思う。俺は、焦凍や士傑高校の面々と協力し課題を乗り越える爆豪勝己の姿に、何故か自分を重ねていた。爆豪はこれからの自分を「見ていてほしい」と思っていたのではないか。超えられないと感じる壁を直視出来るほど、高校生は達観していないだろう。俺にとって爆豪勝己は「わかりやすい」ほど自分に似た存在だった。
 緑谷を主軸に俺とホークス、ベストジーニスト、そしてオールマイトでオール・フォー・ワンの手がかりを探していた時、徐々に疲弊していく緑谷を俺は止めることが出来なかった。いや、見て見ぬふりをしていたのかもしれない、と今になって思う。緑谷出久は特別な力を持っているから、俺が超えられなかったオールマイトと同じように「大丈夫」だろう、俺たち凡人とは違う存在だと思いたかったのだ。校長先生から連絡を受け訪れた雄英で、待ち構えていたのは一年A組の子供達だった。爆豪はそこで俺に「わかってない」と言った。緑谷出久をわかっていないのだと。
 爆豪と緑谷は、とてもじゃないが仲が良い幼馴染であると俺は思えなかった。それでも誰より緑谷を「わかっている」のは自分だと言ってのけた。爆豪は壁を直視し、一歩一歩登って来たのだろう。爆豪勝己にとって、緑谷出久は初めて知る自分の考えが及ばない「他者」だったのかもしれない。爆豪はわからない自分を見ないふりするのをやめたのだ。
 俺たち大人が示した道は間違いだらけだっただろうに、あの時の若者らは今に続く道程を嫌になったりしていないだろうか。

  
「あ、あれ焦凍じゃな――お父さん? どうしたの?」

 目頭を押さえ俯く俺の肩を、冬美はそっとさすって「良かったね」と呟いた。画面の向こうではデクの活躍でヴィランが捕えられた様子が映し出され、間髪入れずに大・爆・殺・神ダイナマイトが怒鳴って罵倒する声が周囲に響き渡っている。「うわ、ダイナマまーたやってるよ」「ヴィラン顔」くすくす周囲から上がる笑い声に紛れたおかげで、頷く俺の手の平から漏れた嗚咽を道行く人が聞くことはなかった。

 

 

轟炎司は感泣した