高校生活の三年間なんて、人の一生の中でどの程度の割合を占めるのだろう。
今日また一クラス分の卒業生を見送った俺は、どんよりとした曇天に溜め息を吐いた。せっかくあいつらの門出だというのに、いつもの太平洋気候の温暖さはどこへやら、今日は生憎の悪天候だ。
「あ、相澤先生!」
先程まで式典用にきっちりスーツを着込んでいた緑谷は、今やジャケットを脱いでワイシャツの上からくたびれたジャージを羽織っている。そうだよな、ジャケットはお前の涙でぐっしょりだったもんな。初めて受け持ったクラスの卒業を見届けた緑谷が、引くくらい号泣して最後のホームルームを終えていたのはつい先程のことだった。
「もういいのか」
「はい、お騒がせしました」
緑谷はその人当たりの良さもそうだが、生徒一人一人に目を向ける姿は教師として向いていた。今だってクラス全員から揉みくちゃにされて写真を撮ったり、花束を渡されてたり随分慕われていた。少なくとも俺の一年目よりはいいだろう。童顔と柔らかい物言いのせいで生徒からナメられがちなのが玉に瑕ではある。
緑谷出久は、除籍こそしなかったが俺の教師人生の中で一二を争う問題児だった。入学できたのも何かの間違いかと思うほど、個性は使いこなせていないどころか使うたびに怪我でボロボロになる。ダメだと言われたこともお得意のヒーロー精神で周りが止める間もなく駆け出してしまう。幼馴染と夜中に個性使用の大喧嘩。いつの間にか巨悪と宿敵対決という運命に巻き込まれている。俺は正直、嫌だったよ。お前らには、人生の中であんな三年間もあったなって同窓会で軽く思い出すような、普通の高校生活をして欲しいとさえ思っていた。入学当初こそ三年間困難を与え続けるとは言ったが、命を落とすような困難は与えたく無かった。
緑谷が『個性』を失ってから――いや、無個性に戻ってから「教師になりたい」と最初に聞いた時は驚いた。緑谷出久と死柄木弔との壮絶な戦いは、全世界にデクというヒーローを印象付けた。それがヒーローとしての緑谷の活躍のハイライトだったなんて、誰が思っただろう。俺はあの時「向いていると思う」と緑谷に伝えた。今でも思う、本当にそう言って良かったのだろうか。緑谷の先生としてではなく、俺はヒーロー『デク』としてあいつらと並び立つ緑谷をずっと夢見ていたんだ。それは、白雲や山田とヒーロー事務所を設立していたら雄英で教師をしていなかったかもしれない自分を、無意識に重ねていたのかもしれない。
「卒業式って、送り出す方はこんな気持ちなんですね」
「どんな気持ちだ?」
緑谷は俺の問いに少し首を傾げて考えると、ぽつりと「祈り」呟いた。俺はそれを聞いて、自分らしくもなく言いたいことが口の中で反芻し、しかしそれを言葉に出すことは憚られた。
「どうかあの子たちの未来が明るいものでありますように……っていう祈りの気持ちです」
導く立場から見守る立場になった時、俺たちはきっと無力だ。人生の中でたった三年間だけ関わった一介の教師に何ができるだろうと、いつも卒業式に感じる空虚を緑谷は「祈り」と言った。未来を拓く若者の力強い歩みを、背を押したあとはただただ祈るしかない。俺は神頼みは好きじゃないが、それでもここ数年あの口の悪い神様にずっと祈っている。緑谷の未来が明るいものであるよう、俺はあの卒業式から祈っているんだ。なあ、二個セットで置いておく必要があるんだお前たちは。だから緑谷を早く迎えに来い、爆豪。