ashido

「緑谷ちがーう! 腕、ロックだよ!」

 私が笛の音とともにそう言えば、緑谷は気まずそうに頭を掻いて謝っていた。文化祭でA組がステージで披露する歌とダンス。演出は瀬呂中心に、曲は耳郎中心に、そして一番人数が多いダンス隊を私が中心になって考えている。正直ダンス初心者がほとんどの中で教えながら、振り付けも考えていくのは想像以上に難しく感じていた。

「ごめん、芦戸さん!」
「いや、流石に疲れてきたよねー……ちょっと休憩しよ!」

 葉隠が耳聡く「休憩〜! わたしドリンク買ってくるよ!」とダンス隊何人かを引き連れて行った。私はハイツアライアンスの玄関の石段に向かい、置いてある自分のタオルで顔を拭いた。隣に誰かが座った音がしてタオルから顔を上げると、そこには緑谷が座っていた。

「ごめんね、芦戸さん……みんなに教えるの大変だよね」
「なんで緑谷が謝るの」
「僕、足引っ張ってるし」

 そう言うと緑谷は自分のタオルを首から外してチラリと横を見た。ハイツアライアンスの大きい窓の中では、バンド隊が練習している様子が見えた。キーボードのヤオモモとボーカルの耳郎は居ない。ギターとドラムでセッションしていると、上鳴がミスしたのか爆豪が地団駄とフットペダルをうまく組み合わせて、バスドラを鳴らしていた。

「プッ……爆豪上手いねー」
「……うん、かっちゃんは何しても上手だよ」

 思いがけず静かに肯定されて私は面食らってしまった。緑谷のことだから「かっちゃんはすごいよ!」と息巻いて言ってくると思った。春からの短い付き合いだけど、同じクラスになったこの二人の距離感が私にはよくわからなかった。最初は単なる「いじめっ子」と「いじめられっ子」なんだと思っていた。それにしては「かっちゃん」と「デク」なんて呼び合ってるし、かと思えば最初の戦闘訓練ではただならぬ雰囲気で戦闘始めちゃうし。
 少なくとも爆豪は緑谷を一方的に嫌っているように見えて、それでも爆豪を悪く言わない緑谷が私は不憫に思っていたんだ。
 でも、じっとりと窓の向こうの爆豪を睨むように見つめる緑谷を見ていると、純粋にそれだけじゃないのかもしれないと感じた。

「緑谷って……」

 私は声に出そうとして、珍しくその口を引き結ぶ。これは私がつついていい薮じゃないのかもしれない。
 ねえ緑谷、爆豪のこと嫌い? そう聞いても緑谷は「そんなことない」と言うに決まっている、いや、そう言って欲しいという私の願望だったのかもしれない。

「え? 何か言った? 芦戸さん」
「んーん! 休憩終わり! ビシビシいくよー!」

 グッと背伸びして石段から私が飛び降りると、緑谷も続いて飛び降りた。ちょうど飲み物を買いに行っていた葉隠たちも帰ってきて、ダンス隊の練習は再開した。それから結局文化祭が終わるまで、緑谷と私が二人で話すことは無かったし、爆豪と緑谷が喋っているところも見なかった。
 全部が終わって後片付けをしている時、私はふとあの時の緑谷の顔を思い出した。誰にでも優しい緑谷があんな表情で見つめる相手なんて、きっと爆豪くらいなんだろうと思うと、それって十分特別なんじゃないかと思った。あれは、緑谷の小さな独占欲だった。

芦戸三奈は目撃する