bakugo

 サンタクロースへの手紙を書いていたのはいくつまでだったか。俺はいつだって自分の欲しいものは人に頼むのではなく、自ら勝ち得ることが喜びだったから「欲しいもんはねェ」と言っていつもババアたちを困らせていたように思う。
 昨日まで「かわいい」「素敵」「綺麗」と褒め称えられていた電飾や立派なツリーはどこへやら。クリームたっぷりのケーキは半額以下の値段で叩き売られ、店の隅に追いやられた。一夜にして立派な門松が出現し、おせちの材料が並ぶこの国はまさしくヒーローが暇を持て余している。
 それでも、聖夜にかこつけ悪さをする輩は居るもので俺を含めたヒーローが夜通し目を光らせていた。しかし今年のクリスマスは、予想に反して個性使用し街中で暴れるようなヴィランは現れず静かなもんだった。俺が深夜のパトロール中に出会したのは、聖夜の合コンで騒がしい大学生。もちろん飲み過ぎて路上で寝るようなことのないよう厳重注意してやった。あとは残業で恋人との待ち合わせに間に合わないと焦り、急ぎ運転するサラリーマンへ安全運転警告だ。寒ぃ中見張っておいてこんなもん。しかし公安に言わせりゃ「暇になるのが一番いいこと」とのことだから、なんとも皮肉なもんだ。

『PーPーPー』

 シフト交代の知らせを告げる通信が入ると、無機質な通知の後に響くその声はどうしたって夜勤明けの俺の耳に効いた。幼い頃からずっと聞きたくなくて、それでもずっと欲した声だ。

『F地区シフト交代時間のお知らせです。十分後にヒーローデク管轄配備完了します』
「……了解」
『大・爆・殺・神ダイナマイト! お疲れ様でした!』

 出久の家からこの管轄に来るならば、必ず通るであろう商店街の入り口で俺は足を止める。ガランとした歩行者天国の商店街では朝早くに商工会の実行委員が、アーケードの天井から吊るされた大きいサンタの人形を一人で下ろしていた。俺はその危なっかしい脚立の使いようを見て、咄嗟に足を踏み出す。しかし俺の足が地を蹴るより早く、緑色の閃光が脚立から男性を一人抱き抱えて降り立った。それはアーマーに身を包んだ俺の交代ヒーローに違いなかった。

「……ヒ、ヒーロー!?」
「一人で片付けるには大きすぎます! 危ないですよ」

 自分の身に起きたことがわからず、目の前のヒーローに目を輝かせた男は未だ興奮状態だ。男を脚立の横に立たせると、出久は自ら脚立に登り「手伝いますよ」とサンタの人形に手をかけた。俺は最短距離で出久の横に飛び上がると、サンタ人形を吊るすロープの片方を持って支えた。

「かっ……ダイナマイト!」
「そっち持て」

 出久は急に現れた俺の姿に驚いた後、俺の意図を一瞬で理解したのだろう、水平を保ちサンタ人形を地上へ下ろすことに成功した。終始恐縮しっぱなしの男に出久は、まるでガキどもに授業するように指を一つずつ折りながら、脚立を使う時は最低でも二人で使用すること、そしてあまり高い所の物は無理して登らないよう注意していた。

「お疲れ様、何もなかった?」
「……あるよぉ〜〜に見えるンか」

 両手を叩き合わせグローブの埃を払った出久が、俺の方も見ずに言うもんだから俺はついムキになって出久の黄色いマントを引っ張った。出久は慣れたように「平和で何よりだ」とにっこり笑う。俺が舌打ちと共にマントからその手を離すと、出久は「メリークリスマスかっちゃん!」とポケットから『あったか〜い』と書かれたコーンポタージュの缶を俺に手渡した。

「寒い中大変でした。僕の当番の前がかっちゃんだってシフト表で見たから、甘いおしるこはやめたんだ」
「ン」

 俺は少しぬるくなってしまった缶をその場で開け、一気に呷ると喉から食道へと優しいコーンの甘さと温かさが通り抜けるのを感じた。きっと俺だからではなく、交代のヒーローが誰でも出久は何かしら差し入れを買ってきたに違いない。しかし、自動販売機の前でホットドリンクを選ぶ時ココアやおしること迷う一瞬の人差し指が、コンポタージュに動いたその事実が俺の胸を熱くさせた。

「ねえ、かっちゃん、かっちゃんはいつからサンタが親だって気づいた?」
「小学校上がったらもう気づいてた」
「そうだよね。僕もそのくらい」
「っつうか俺はあんまサンタに手紙とか書いてねェ」
「かっちゃんらしいや」
 
 飲み切った缶の底に張り付くコーンの粒を剥がそうと、俺が躍起になって上を向いて飲んでいるのに出久は他愛も無い話を続けていた。
 
「僕はね、サンタがお母さんだって気づいてから『個性が欲しいです』って書くのをやめたんだ」

 缶の底を叩いても頑なに引っ付いて取れない最後の一粒が残っていたが、俺は出久の言葉に傾けていた缶を下ろし顔を正面に戻した。出久はアーマーの硬質素材による黒と緑が包む腕を、それは愛おしそうにさすりながら「ねえ」とゆっくり呟いた。
 
「かっちゃんたちは、僕がもうヒーローにはならないからアーマーはいらないって言ったら……どうするつもりだったの? 無駄になってしまうかもしれないことに、何年も費やすなんて『イカれてる』とは思わなかった?」

 教師をする出久はとても活き活きしていたし、プロヒーローにならないと決めたのであれば一番出久にお似合いの職業だと俺は思っていた。無個性に戻った出久に、俺が小さい頃から否定してきた『ヒーローへの道』を肯定できるのか。パワードスーツを作った先に、出久がヒーローにならない道を考えていなかったと言えば嘘になる。それでも、幼い俺が一番畏れた緑谷出久の『精神』が俺の心の底に張り付いて剥がれなかったんだ。俺が追い縋った緑谷出久がヒーローにならないなんて、同じ人に憧れたお前がヒーローにならないなんて、そんなの俺が欲しかった未来じゃねえ。
 
「お前、それが俺たちからのプレゼントだと思ってるのか」
「そう、聞いたけど……オールマイトから」
「俺がサンタに手紙を書かねえのは、自分で欲しいもんは自分で手に入れるためだ。いいか、出久、ソレはお前が勝ち得たモンだろ」

 サンタがお願い聞いて届けてくれた得体の知らねえプレゼントと一緒にすんな。もちろん親がこっそり準備した最新のゲーム機でもない。俺は空き缶を商店街に設置してあるゴミ箱に投げ入れると、プラスチックのゴミ箱の中で他の缶にぶつかる耳障りな音が響いた。もうそろそろ出勤するサラリーマンやOLが駅からこぞって歩いて来る時間だ。最近時間外ヒーロー業務に厳しい公安のヘラ鳥を思い出し、俺はそろそろ終いにしようと出久に背を向けて歩き出す。

「……かっちゃん!」
 
 背後から手を伸ばした出久が、俺のコスチュームを掴む。出久のマントと違って掴むところの少ない俺のコスチュームから迷った末、二の腕あたりを引き止めるために掴んだのだろう。見た目に反して伸縮性の良い生地が出久の人差し指と親指に摘まれ伸びていた。俺が振り向くと、出久は何かを言い淀み意を決して「お正月……休み被ったらさ、一緒に実家帰ろう」と言った。俺は控えめに摘まれた出久の指が離れるのを少しでも遅らせたくて、最小限の動きで「考えとく」と頷いた。そうだ、俺は自分で勝ち得たんだよ。
 俺の言葉を聞いて嬉しそうに笑った『ヒーロー』こそ、俺がこの世で一番欲しかったものだった。
 

 

爆豪勝己は白星をあげた