出会った頃の爆豪勝己は、口を開けば自らを大きく見せるために言葉を紡ぐ、ただの尊大な少年だった。
文字通り「矯正」するために指名したのが始まりで、それ以上でも以下でもない。戦闘センスは申し分なく、私がこれまで見てきた雄英の卒業生たちの中でもトップクラスの実力者。だからこそ、世間の目が一つの指標となる「ヒーロー」という職業に不利な態度を改めて欲しいと思ったものだ。職場体験程度では矯正しきれず、私の更生をさらに必要とする心残りな部分はあった。それでも反発しながら最後まで従順に事務所活動を見学して行ったところを見るに、根は真面目なところがあるのかもしれないとも感じた。
全世界を巻き込んだ巨悪との一戦で、彼は命を落としかけた。コスチュームを身にまとい、ヒーロー名を宣言すればプロのヒーローとして遜色無いとはいえ彼らはまだ「少年」だった。私たちプロヒーローがついていながら、その心臓を貫かれたのだ。私は伸ばした手が空を切り、死柄木弔に吹っ飛ばされた爆豪の姿を今でも夢に見る。限界だったはずだ。自分も含め、ミルコらプロヒーローも学生も満身創痍だった。それでも一度捻り潰された腕から血を流しながら立ち上がる爆豪勝己を、何故自分は止めなかったのだろう。
『名は願い』――私はあの時、それでも光を失わない大・爆・殺・神ダイナマイトの姿に眩いほどの希望を見てしまった。
ジーニアス事務所にサイドキックとして入れてほしいと爆豪が言ってきたのは、高校三年のインターン中のことだ。私は爆豪が望めばそうする気であったのだが、ケジメとして改めて言葉にしたのだろう。いい機会だと思いあの大戦からしばらく経った今、私は爆豪に改めて問うた。お前がそこまで「勝ち」に執着するのは何故なのか、と。爆豪は「オールマイトが勝つ姿に憧れた」のだと言った。そう言ってしばらく考え、もう一度爆豪が言った言葉に私はなるほどそういう訳か、と納得もしたのだ。
「こっちはもう終わったぞ」
海外の災害派遣要請を受けたジーニアス事務所は、サイドキック数名と共に現地入りすると持ち前の統率力で頼まれたエリアの復旧作業をこなしていた。爆豪が私の事務所に入り、一年目の夏だった。高校を卒業した爆豪は未だに個性の使用制限をセントラル病院から受けていたが、リハビリの成果もあり順調にヒーロー活動の幅を広げていた。東南アジアの暑さもなんのその、汗だくになりながら倒木を撤去し終えたようだ。コスチュームのアイマスクを頭の上に引き上げ、おでこを見せると配給されたドリンクを一気に飲み干す。その横顔に汗のしずくが滑り落ち、一筋の線を伸ばす。出会った頃はまだ丸みを帯びていた少年の頬は、いつの間にか肉が削げ大人の男に変わっていた。
「熱中症には気をつけなさい」
「へいへい」
「返事はシュア」
私がそう小言を言えば爆豪は飲み干したペットボトルを握り潰し「シュア!」と大きな声で言っていた。私はそのご褒美としてではないがペットボトルを預かろうとしたが、爆豪は「ガキ扱いすんな」と言ってそのまま去ってしまった。
あの時、私が爆豪にとっての「勝ち」の意味について問うた時、最後に爆豪は「勝つのを諦めないのが、俺だっつー奴がいるから」と言った。
噛み締めるように言った言葉の中に出てくる『奴』とは、言わずとも私はわかってしまった。同じ人に憧れたあの子らが、一度は綻んだ関係を修復し互いに認め合ったのを、私たちは目の当たりにしてきたから。もう少し子供扱いさせてくれ。焦って大人になるな。なんて自分勝手な考えをしてしまい、私は口元を隠すコスチュームの襟の中で自嘲した。
「幼馴染と共に在りたい」と願うのは、自らの為なのだと爆豪は言う。覚悟を決めたその顔は精悍な青年へと成長していた。尊大だったかつての少年を一抹懐かしく思いながら、私は「頑張れ」と爆豪の広くなった背中に呟いた。