「銀行口座を開設しに行きたい」と爆豪くんから相談を受けたのは、雄英高校を卒業して間も無くだった。緑谷くんがオールマイトから譲渡された個性の残り火が消え、共にヒーローとして歩めないと知ったA組の意気消沈ぶりと言ったら無かったと今でも鮮明に思い出せる。俺は委員長として緑谷くんの新しい夢を力の限り応援すると決めた。しかし、同時に「友として」の俺は、緑谷くんが同じ道を歩まないのだという事実を受け入れ難かった。
それは卒業間近の、インターンが増えて登校する生徒もまばらな一月のある日。放課後の教室には俺と爆豪くんだけが残っていた。
『委員長』
『む、どうした爆豪くん』
『インゲニウム事務所は、お抱えのコスチューム会社あったよな』
確かにうちの家系は代々エンジンの個性が受け継がれており、機動性がどうしても物を言うためかコスチュームの破損が日常茶飯事だった。兄がインゲニウムとして活躍していた頃、ついにはコスチュームとサポートアイテムを一手に手がけるお抱えの専属会社が併設されていた。
肯定を待ちかねた爆豪くんはおもむろにカバンからクリアファイルを取り出すと、俺に向けてそのまま差し出した。俺はメガネを押し上げ戸惑いながらも受け取る。爆豪くんは顎で「中を見ろ」と言っており、言われるがまま中身のA4用紙を数枚取り出した。
描かれていたのはヒーロースーツで。そのシルエットには見覚えがあった。
『これは……』
『パワードスーツ』
誰の、なんて野暮なことを聞ける雰囲気では無かった。そうか、爆豪くんは諦めてなどいなかった。本人さえ手放した「夢」を文字通り喰らい付いて離さないつもりなのだと。
『見積もり取って欲しいんだ』
大体の目安がついてからの爆豪くんの動きは早かった。俺を発端にA組をはじめとして使える伝手を使いに使って計画を遂行しようとしていた。そしてこの度、開発担当との話し合いの末大体の予算が割り出されたところだった。オールマイトが私財を全て費やしたパワードスーツと同等、いやそれ以上を目指したソレは当初考えていた予算を大幅に更新したという。それでも、この男はやるのだと、その身をもって誰もが信じていた。そして他の誰でもなく委員長である俺に、最初に相談してくれたのだ。俺は期待に応えたかった。
団体用口座開設にあたり銀行近くの喫茶店で落ち合うことになり、俺は時間通り店内に入ると既に爆豪くんは奥まったボックス席に座っていた。
「遅くなってすまない」
「いや、俺も今来た」
店員さんにオレンジジュースを一つ頼み、爆豪くんの目の前に広げられた書類に目を通した。任意団体として銀行口座を開設する、と話を受けた際に俺は必要書類を案内しておいたのだ。
「『パワードスーツ共同出資の会』か」
「規約と活動実績だったか、これで大丈夫か?」
「特に不備は見当たらないが……窓口でもし不足があればまた検討しよう」
俺はカバンの中から小さい封筒を取り出してテーブルの上に乗せる。封筒の下の方にある膨らみを開け口の方へ移動させて、その中身を爆豪くんの目の前へ落とした。いかにもな黒く細長い入れ物の爪をずらして中身をお披露目する。通常の印鑑より二回り大きいそれは、今回のために作った印章だった。
「頼んじまって悪いな」
「悪いついでに、先ほど不備は見当たらないと言ったが訂正だ」
団体名は、これにしないか。と俺は丸い印面を爆豪くんの顔の前へ突きつけた。
「『ヒーローデクの会』……だと?」
「やっぱり緑谷くんの、デクの名前を入れないか」
「それは別に、構わねえけど」
「デクは、君にとっても大事な名前だろう」
そう言った俺に見せた爆豪勝己の顔を、俺は一生忘れないだろう。『デク』を幼馴染がバカにしてくる蔑称だと緑谷くんから聞いたあの春の日から、俺たちは随分遠くへ来たようだ。あの日、A組の誰よりも早く俺に相談してくれた君は、『委員長』だからではなく『出久の一番の友達だから』と言った。それは、俺にとって何より嬉しい言葉だったんだ。