「爆豪、ちょっといい?」
ウチの声に振り向いた爆豪が、ドラムセットの傍に置いてあるペットボトルを取って自らの口に傾ける。馬鹿力でキャップを閉めたのだろう、パキリとプラスチックがへこむ音が鳴った。八百万と爆豪は地頭の良さというか、基礎がそもそも出来ていてウチが教えることなんてほとんど無くスムーズにことが進んでいた。問題は上鳴と常闇だった。
「んだよ」
「ウチ、これから上鳴と常闇にもう少しついてやりたいと思ってて、ヤオモモと爆豪は自分達でお願いしたいんだけど……」
そう言ってウチはいそいそとカバンからノートを取り出した。昨日、緑谷に教えてもらったノートのまとめ方を夜通し自分なりにやってみたのだ。メンバーへのアドバイス……なんてらしくないことしてるのはわかってる。それでも「頭の中がスッキリまとまる気がするんだ」という緑谷の言葉通り、練習中に感じた修正点や、ここをもっとこうすれば……という感覚的にしか考えていなかったことを言語化することで自分のためにもなった気がした。
ウチは昨日、緑谷がまとめていた「ヒーロー分析ノート」を少しだけ見せてもらった。聞くところによると緑谷は個性の発現が遅く、だからこそ人の個性をどのように利用するか考えるようになったらしい。ノートにはそこまで観察されたら正直恥ずかしいよ……というようなところまで書かれていた。ウチはノートにナンバリングされた数字を見て、二桁に到達したそのノートの始まりが気になった。
いつからノートをつけているのか、というウチの問いに緑谷は「幼稚園、いやもっと前かなあ」とやや遠い目をしてつぶやいた。文字も書けないから最初はクレヨンを使い絵で描くだけだったと照れながら言う緑谷は、不意に前方の席を見て哀しげに笑ったんだ。
「これ、一応今までの練習で気付いたところまとめてみた……から! もう日にちも少なくなってきたし、参考にしたら、なんて、思って……」
ウチがノートを開いて爆豪にドラムのページを見せると、爆豪は無言でそれを受け取った。爆豪はどう思うかな、ウチ、出過ぎたことしてるかな。沈黙が怖くなって、耳たぶのジャックを両手で持ち上げカチカチと鳴らしてしまういつもの癖が出てしまった。ペラペラと数ページ中身をめくると、爆豪はおもむろにノートを切り破った。
「っ……ちょっ……!」
「あ?」
「破ることないじゃん!」
「いっぺんで読めるか! それに、他の奴のページもあんだろが」
「そうだけど……」
「ナードくせえまとめ方」
ふんっと鼻を鳴らした爆豪はさらにもう一ページ破ると、ドラムセットに戻って行った。爆豪の傍らにはウチが書いたノートの切れ端が、水の入ったペットボトルに並んで置かれた。なにそれ、なんだよ……読んでくれるってことじゃん。ウチは口の端から徐々に上がる口角を隠すことが出来ず、ついに「ははっ」と声に出してしまった。それから「ナードくさいってなに」と口に出す直前、ウチは哀しそうな緑谷の顔を思い出した。映えあるヒーロー分析ノートの一冊目にクレヨンで描かれた最初のヒーローはきっと、緑谷の一番身近で一番すごいと思ったヒーローなんだろう。
爆豪に破られたノートの切れ端を、ウチは誇らしい気持ちで一撫でしてみる。指に引っかかるギザギザの切れ端こそ、緑谷が背中を押してくれたウチの「お節介」の第一歩だった。