大抵の事は風呂に入ればなんとかなる。
雨の中満身創痍の緑谷を連れ戻し、反対する市民を麗日が説得した。俺は泥と血と涙でドロドロの緑谷をハイツアライアンスで改めて見て、やっぱり風呂に入るしかないと思った。
「峰田急げ!」
「上鳴?」
不思議がる峰田を連れて、俺は寮の風呂場へ急いだ。温度は最適な42℃にして、肩までゆっくり浸かれるようたっぷりお湯を入れないとな。
峰田は文句を言いながらもちゃんとついてきてくれたようだ。俺が湯船に蛇口を捻ると、誰のだかわからないがシャンプーやボディソープを峰田が準備していた。急ぎすぎてヒーローコスチュームのまま風呂場まで来てしまった俺たちは、ここ数日間張り詰めていた息をやっと吐けたような気がして、どちらともなく深いため息をついた。俺と峰田がだぞ?これは世も末だろ。
俺はA組全員で緑谷を連れ戻すと決めた時、一人神妙な面持ちをする爆豪が気になった。誰もが緑谷に声をかける中、爆豪は最後に飯田にその手を預けるだけだった。それが上空から飯田と共に降り立った緑谷にあんな言葉を言うなんて、俺も含めみんな「何かあるんだろう」とは思っていたけど内心驚いた。きっと、ずっと考えていたんだろうと思う。そりゃあ、入学当初から爆豪は緑谷への当たりが強くて、いじめなんじゃねえかって思ってたところもある。でも、当の緑谷がただのいじめられっ子だと思えなかったのも事実だった。爆豪も爆豪で一度はクソを下水で煮込んだ性格なんて言っちまった時もあるけど、体育祭や仮免試験を経た今、そんな奴じゃないことを身をもって知っていた。
二人は幼馴染で、俺たちクラスメイトには計り知れないものがあると思っていた。今回の緑谷からの手紙、ワン・フォー・オールの秘密とか、継承者の宿命とか……考えれば考えるほど頭がパンクしそうだけど、どうやら爆豪は一足早く知っていたのだという。
爆豪の中で、緑谷ってなんなんだろうと思っていた。気に食わないなら突っ掛からなきゃいいのに……そう何度も思ったし、俺は緑谷とも爆豪とも仲良くしたかったから、踏み込むこともあえてしてなかった。でも時々それって、俺もいじめを見て見ぬふりする最低野郎なんじゃ……って思ってもいたんだ。
――爆豪は今日、緑谷に謝っていた。いじめていた理由もちゃんと言葉にして、自分の弱さをさらけ出して、全力で緑谷にぶつかってた。
爆豪はその性格ゆえになかなか見えづらいけど、今までだって繊細なところを俺たちに見せていた。だけど、俺でも思ったよ、お前そんなこと思ってたのかよって。
「上鳴! 風呂準備できたか?」
尾白が脱衣所から浴場の引き戸を勢いよく開けて尋ねてきたから、俺は「おう!」と言って脱衣所へ急いだ。湯船は半分以上溜まっており、残りは緑谷の服を脱がせている間に溜まるだろう。間も無く脱衣所に連れてこられた緑谷が、俺や切島にされるがまま脱がされているのを爆豪が洗面台の方から静かに見ていた。いつもと違って目も吊り上がってないし、かといって誰かに突っかかってくることもない。
それを見て、俺は「ああ、爆豪は安心したんだ」と気づいた。緑谷があの時――ワン・フォー・オールとオール・フォー・ワンの戦いに俺たちが着いて来れないのだ、と言って拒絶したことを謝った時、爆豪は「わかっている」と言った。それって緑谷が「そんなこと」言いたくもないと知っていて、無理をしているんだってずっと知っていたってことだ。
「そんなの、愛じゃん」
湯船に肩を浸からせながら、ポツリと俺が口からこぼすのと同時に爆豪が勢いよく湯船に飛び込んだ。砂藤に「変われよ」と言われながらも、つっかえながら緑谷を一生懸命名前で呼んでいた。爆豪は変わったんじゃない。ずっと知っていたことを、思っていたことを声に出す勇気を得たんだ。死んじまったら一生言えなかったなんて後悔をしたくないから。
緑谷が咄嗟に言った「無理」という言葉に反応して、いつもの爆豪節が出たところでA組男子一同は久しぶりに心の底から笑えたのかもしれない。十六年の中でたった一年、偶然一緒のクラスになったあいつらを俺が言葉にするのは難しい。それでも俺は、どんな形かかわからないけど愛の一種なんじゃね?って……二人はもう大丈夫だって安心しちゃったんだよね。なるほどこれも風呂の魔力ってわけか。