kirishima

「おはよう!」

 教室に入ってきた緑谷は、鼻息荒くいつもより大声で一人一人に挨拶をしていた。爆豪より一足早く「謹慎明け」となった緑谷は、遅れを取り戻そうと必死だった。

「切島くん、僕今日から頑張るよ!」
 緑谷が俺の前でもふんふん息を荒くして決意を語っている。
「おお! 気合い入ってていいな緑谷!」

 俺がその背中を軽く叩くと、入学時より筋肉が増え体幹も良くなった緑谷はびくともせずさらに後ろの口田にも話しかけていた。そのまま机と机の間を縫うように歩いて自らの席へ向かう緑谷が、誰も座っていない前席を寂しそうに一瞥したのを俺は見てしまい、すぐにその目を逸らした。
 爆豪と緑谷が夜中に演習場で喧嘩した、ということを聞かされたのは朝になってからだった。一夜明けた二人は顔も体もボロボロで、頬の同じような位置にでっかい絆創膏を貼り付けていた。あれは相当に殴り合ったに違いない。そう、殴り合ったのだ。緑谷の頬だけじゃなく爆豪にもついていたということは「緑谷も爆豪を殴った」という証明だった。俺は別に緑谷が弱いとか、爆豪が一方的に殴る奴だとか、そんなことを思っていたわけじゃない。それでも、俺たちA組の面々は「二人とも謹慎」という相澤先生の下した罰の意味にも気付いていたのだ。
 多分他の奴らは気付いていないだろうけど、俺は爆豪が何かに思い悩んでいる様子を時折感じていた。それは、些細な違和感で俺だっていつも感じるわけじゃない。ただ、他の奴らよりは「ダチ」として一緒に居る時間も多かったから、オールマイトの引退や仮免試験落ちなどを経た爆豪が何を考えているのか、余計なお世話だけど気になっていた。でも、変に心配するのもあいつプライド高えし、俺は直接的な言葉しか言えねえから……気だけ揉む日々だった。
 幼馴染ってよぉ、俺はなんでも話し合えるモンだと思ってたんだ。それがこいつら二人ときたら、いちいち個性使用して殴り合ってんの。
 見た目も性格も全く似ていないのに同じように絆創膏つけて掃除機をかける二人を、俺はなんて似たもの同士だと思った。実際に口にも出してしまったから、聞いていた爆豪からおもいっきり睨まれたっけ。
 緑谷は、爆豪の葛藤も後悔も決意も、拳に込められたもん全部受け止めたんだと思う。だってあの日以降の爆豪は、憑き物が取れたように晴れやかに俺は見えたんだ。

「ちょっと、寂しいよな」

 爆豪いねえ教室、と俺は続けて緑谷に投げ掛ける。緑谷は「いやあ……」と頬を掻いて目を伏せた後「うん」と控えめに呟いた。本音で話すのは時に裸になるより恥ずかしい。言葉だって拳だって、ぶつかり合えば痛くて苦しいから。それでも俺たちは、時に傷つきながら他者との距離を確かめている。
 俺は「爆豪もハイツアライアンスで一人寂しがってんだろうな!」と緑谷に言うと「そそそそれは絶対ないよ!」と全力で否定された。二人は距離を確かめられただろうか、お互いの本音は痛くて苦しかっただろうか。本当はあの夜に何があったのか俺たちクラスメイトじゃ知る由もないけどよ、いい方向に進んだってことだけは確かじゃねえかな。

 

 

 

切島鋭児郎は確信する