普通科の心操と緑谷の対戦カードを見て、おせっかいかもしれないけど俺は緑谷に対策を伝えた。だというのに緑谷は、心操の煽りに乗ってしまった。俺は頭を抱えると同時に、なぜか嬉しくも思っていたんだ。緑谷は俺のために怒ってくれたんだ。でも「俺の分も」なんて気持ちを乗せる言葉も言ってしまったのを、少し後悔してもいた。
「ハッ……馬鹿かよ」
一年A組の応援席の端から、鼻で笑う馬鹿にするような声が聞こえた。いわゆる「ヤンキー」のような、爆豪勝己はその派手な個性と言動から俺は実のところ苦手に思っていたし、入学以降同じグループにはなるまいと思っていた。こんなヤツなのに、あのおどおどした緑谷に「かっちゃん」と呼ばれているのを聞いた時は心底驚いた。聞いたところによると、二人は幼稚園から一緒の幼馴染らしい。俺は雄英のヒーロー科まで一緒に入るような幼馴染は居なかったから、よっぽど仲が良いのかと思えば初めての戦闘訓練で緑谷を目の敵にする爆豪がいたんだ。
爆豪もぶっ飛んでるけど、俺は緑谷も同じくらい掴めない奴だと思っていた。超パワーの個性を持っているのに、発現が遅かったらしくその使い方は随分チグハグだった。個性を全く使いこなせていない、赤子のような状態。おどおどした言動は全くもって自信が無さそうなのに、どんな時だって自分が「ヒーローなんだ」という自負が大きい奴だった。まるでそうするのが当たり前みたいに、緑谷の中ではヒーロー像が明確だ。今だって俺を馬鹿にされたら怒るのが緑谷にとって「当たり前」なんだ。
「挑発に乗りやがって、真っ正面から行きゃあ勝てっこねェだろが」
緑谷が場外へ足を進めるのをなんとか全員で阻止しようと、応援席から大声を上げるA組の面々。だからだろう、爆豪の言葉は何人かにしか聞こえていなかったし、聞こえてもみんなスルーしていたのだろう。俺は冷静に観戦する爆豪が意外でつい聞き耳を立ててしまった。
「バクゴーこそすぐ挑発乗っちゃうんじゃね?」
「ハァアア? 初手で間合い詰めて一発ぶち込むわ!」
「いやいや、ここでも条件反射しちゃってんじゃん」
上鳴が物怖じせず爆豪にやんや突っ込むと、爆豪はついに立ち上がって「クソがぁ!」と両手から小規模爆破を繰り出した。周りの席から何事かと顔を覗く観客席に気づいた飯田が「爆豪くん! 対戦時以外の個性使用は控えるよう言われているぞ!」と咎めると、機嫌悪そうに舌打ちしてまた席に着く。
俺は「そうか」と腑に落ちた。全くタイプの違う、だけど『幼馴染』と聞いてしっくりきた二人の違和感がわかったような気がしたんだ。
「緑谷ー! 負けんなー!」
切島があと一歩で外に出てしまいそうな緑谷に声援を送る。爆豪は静かにそれを見ていた。
勝ってこそだろうが、と爆豪は緑谷に言っているんだ。それが爆豪にとって「当たり前」なんだ。二人は自分のヒーロー像が明確で、相容れないから反発もするけど、だからこそその歩みには一切の迷いはない。こんな存在が幼い時から近くにいたら、そりゃあお互いに良くも悪くも影響されてしまうだろうと思った。
場外まで後一歩のところ寸前で、緑谷が爆風を起こして意識を取り戻した。A組のメンツはまたも大盛り上がりし始めた。
俺はバレないようチラリと爆豪を盗み見る。刻まれた眉間と歪んだ口元はそのままだったが、爆豪の膝の上にある拳が微かに力んでいた気がした。