satou

 世界が一変したのはつい数日前のことだ。
 あの仮免しか持っていない学生まで巻き込んだヴィラン掃討作戦から数日後、俺は今日こそ目を覚ますかとセントラル病院のとある病室へ向かっていた。俺たちA組の中でも重症者二名が、こんな時まで似てないようで似ている幼馴染二人が目を覚まさないんだ。同じく重症だった緑谷の方には飯田や麗日が行っている。俺は峰田や瀬呂と爆豪の病室へ向かった。
 病室のドアを開けると、起き上がれるような怪我じゃ無かったはずだが爆豪がベッドの上でその身を起こしていた。峰田が飛び掛かるといつもの如く怒りを見せて、俺たちは不思議と安心していた。瀬呂なんか「いつも通りの異常者」とか言っていた。俺もそう思う。良かったってことだ。

「事態はどうなった」

 爆豪が大人しくしていたのは、瀬呂から相澤先生や先輩たちの話を聞いているところまでだった。変に冷静でおかしいと思ったんだ。瀬呂も落ち着いて聞いてくれとは言ったはずだが、目の前の爆豪の動きは早かった。だから、お前はそんな動きが出来るような怪我じゃねえんだって。
 俺と峰田が力尽くで止めても病院の廊下をずんずんと進む爆豪の歩みを止めることは出来なかった。爆豪も自分で言っているように、止めれば余計傷口が開きそうだった。いや、力自慢の俺が止められないほど、爆豪は緑谷の病室へ向かいたがっていたんだと思う。

「今行ってもどうにも出来ねえって!」

 爆豪が死柄木に貫かれたのは、緑谷を守るためだったと聞いている。
 俺は今でこそクラスメイトを救ける姿だって何度も見ていたから、驚きはしない。けどよ、「緑谷を」ってところは俺たちA組の面々からすると十分驚きだったんだぜ。そういやあ俺と峰田で爆豪を止めている後ろから、瀬呂は言っていた。「行かせてやれば」って。瀬呂は早々に爆豪をどんなに止めても緑谷のところへ向かうだろうと諦めていた。
 爆豪にとって緑谷ってなんなんだろうな、二人は幼馴染って聞いてるがその実は全くの正反対で、いつだってお互いの事を見ていないようで見ている。
 ついに緑谷の病室に着いてしまった爆豪を、蛙吹が助太刀して拘束してくれたことで事なきを得た。緑谷が心配なのはわかるけど、自分だって重症者だってことわからせてやらねえと……と爆豪を病室に運んでいると、ベストジーニストとホークスが居てすれ違った。爆豪はベストジーニストと何か言葉を交わしていたが、そういや爆豪はベストジーニストのとこでお世話になってたんだっけな。
 ――結局そこから、緑谷と爆豪が会うことは出来なかった。というより、緑谷出久が雄英高校から出て行ったんだ。俺はあの時、爆豪を止めずに緑谷に会わせるべきだっただろうか。

 A組が緑谷出久に着いて行くと決めたのは、爆豪の一声がきっかけだった。直談判すべく校長室まで向かう道すがら、俺は爆豪に声をかけた。爆豪の首元はいつもと違って雄英高校の赤いネクタイがきっちり締められていた。

「あん時よ、緑谷の病室行きたがってたろ」
「あ?」
「お前がセントラルで目覚ました時……緑谷に言いたかったことがあったんだろ?」

 止めちまってすまん、と俺が言うと爆豪は「謝んな」って即座に言ってきた。俺は爆豪の歯切れのいい物言いが、こいつの美徳だと改めて感じた。爆豪は目の前の校長室の扉を楽しそうに睨みつける。中から事情を知っている校長と、何も聞かされず居るだろうエンデヴァーの声が聞こえた。

「コロす――死んだら殺すって言ってやろうと思っただけだわ」

 俺は爆豪の言葉を噛み砕く。聞こえていたのだろう上鳴が「死んでたら殺せなくね?え?」とクエスチョンマークを飛ばしていたが、俺にはわかってしまった。なんだよそれ、お前そんなに大事だったなら最初から言葉にしろよ。緑谷が居なくなって一番心配なのはお前だったんじゃねえか。
 あの赤いネクタイは爆豪勝己の過去との決別なのかもしれない、と俺は弛んでいないはずなのに自らのネクタイをさらに締めなおした。

 

 

 

砂藤力道は発奮した