「セロファン!」
「いけー! 頑張れー!」
晴れの日はいい。雨の日はどうしたってテープの粘着力が落ちてしまうから。
俺は太陽が天高く抜けるような青空の中、白昼堂々ひったくりを敢行した単独ヴィランをテープで拘束した。いつもはサポート役が多いが、今日はパトロール中に一人で対処することが出来た。ヴィランは個性も発動させなかったから運が良かった。犯人の手から落ちたハンドバッグを拾い上げ、軽く叩いて埃を落とす。どうやら犯人は歩いている女性の背後から原付で近づき、肩に掛けていたハンドバッグを奪ったようだ。数十メートル後ろからハイヒールで走って追いかけてきたのだろう、息を乱しながら道路脇で蹲っていたOL風のお姉さんに「はい、気をつけて」とハンドバッグを渡した。
「こちらセロファン、ひったくり犯確保。応援要請解除します」
犯人が仲間と合流する心配もあり、追跡と同時に応援要請をしていたが見たところ単独犯のようだから要請は解除しておく。程なくして近くの交番から拘束具を持って警察がやってきたため、俺はお役御免となったテープを回収した。警察が手錠と拘束具をつけながらヘルメットを外すと、原付の割にフルフェイスのヘルメットをしていた犯人がその顔を見せる。そこに居たのは見るからに十代……おそらく高校生だろう年齢の少年だった。
「君、高校生?」
「……」
「学校はどうしたの」
「……うっせぇんだよ」
ああ、俺たちもこんな頃があったかなあと俺は高校時代の友人らを思い出す。
別に何を言ってあげられるでもない、それでも生気も希望も失っている少年を見過ごすような奴になりたくはなかった。余計なお世話でも、これを見過ごすヒーローで居られないと思ったんだ。俺は柄でも無いのは重々承知だったが、少年の腕にテープを巻き付けた。さらさらとセロファンのサインと事務所の電話番号を書き入れる。すぐに剥がされたっていい。こんなの意味を成してなくてもいいんだ。
少年はパトカーに乗せられる前に俺を一睨みしたが、そのくせ腕に貼られたテープを見る目は先ほどまでの荒んだ目から一瞬、生気を取り戻したように見えた。
「瀬呂くん!」
パトカーが走り去ると一瞬で野次馬は解散して行ったが、その中から黒いスーツと黄色いリュックの男が声をあげた。その声は溌剌とした、耳馴染みのある友人の声に違いなかった。
「緑谷!」
「久しぶり、活躍見てたよ!」
通勤途中だという緑谷とは、卒業以来会っていなかったから本当に久しぶりだった。緑谷だけはヒーローではなく教師という道を選んだから、どうしたって他のクラスメイトと違って現場で会うようなことも無いし、緑谷も気を遣って積極的に会おうとしてこなかった。
俺は理由が無ければこんなにも疎遠になっていく、という事実を改めて実感する。それほど人と人の縁なんて、すぐに切れてしまうテープのように脆いのかもしれない。
「さっきの犯人、若かったね」
「……見てた? 高校生くらいかねえ」
緑谷は俺の言葉に「高校生……」と少し悲しそうに目を伏せる。緑谷こそ、第一線で子どもたちを導く立場なのだ。こんなにも他者を救うことに固執する緑谷出久がヒーローじゃなくて誰がヒーローでいれるのだろう。全てのヴィランが、元からヴィランにはなり得ない。緑谷が何を思ってあの当時戦っていたか、A組は全員知っていたからこそ、今の俺たちがその意志を忘れずにいれるのだと思う。爆豪の『計画』がもうすぐ成就すると聞かされていた俺は、変わらない緑谷の姿に安堵した。
「何かしてたよね? 最後」
「余計なお世話……だったかも」
俺は緑谷にテープにサインと番号を書いて貼り付けたことを話した。すぐに剥がされてもいいのだ、世界は誰も己を見ていないのだと思わないでほしい。その一心だった。……なーんて言って少し恥ずかしくなった俺は自らのヘルメットを被ってその顔を隠した。緑谷は「ヒーローのね、本質なんだって」と言って笑う。それを聞いてニヤけた俺の口元に気付いたか気付かなかったか、ヘルメット越しでもわかるほど緑谷の大きい目は俺を真っ直ぐ見据えていた。
願わくばあの少年の腕から少しでもテープが剥がれないよう俺は祈る。それは、爆豪の『余計なお世話』が待ち遠しいよく晴れた朝だった。