卒業式が終わり、俺のかけがえの無い宝物のような三年間が幕を閉じた。
入学したのがついこの間のような、それでいて随分昔のことような、不思議な感覚だ。当初の俺は親父への敵対心、自分という存在の意味を探すのに一杯一杯で、多くのものを見逃してきた。少なからず自分のことを『特別な奴』と心の底で思っていたのかもしれない。クラスでお遊びしながらヒーローを目指すような奴らと、並んでヒーローごっこしていられるほど俺の野望は低くないと。惑星が違う地球人と解り合えないように、俺は一人で『エイリアン』になろうとしていた。そんな驕りが俺の目を曇らせ、結局は大事なことを忘れさせていたんだろう。体育祭で緑谷が「俺の力」と言ってくれて、A組のみんなとたくさん話して、お母さんや親父と向き合って――燈矢兄とも話せて――拾い戻った道も俺にとっては必要な道程だったのだろうと今になって思える。お母さんはいつも言うんだ。「雄英高校で素敵なお友達ができたのね」俺はその言葉でA組のみんなを思い浮かべるが、いつも一番最初に浮かべる顔は緑谷だった。俺の腹を殴るため悪鬼の如く向かってくる、高校一年の体育祭で対峙した緑谷出久を。
緑谷出久の『力』の正体、ワン・フォー・オールがオールマイトから譲渡され、巨悪と戦うための力なのだと明かされた時はショックだった。緑谷が無個性と知ったからじゃねえ、こんな手紙で納得させられると思われていたことに、だ。どうやらA組の面々は皆そう感じていたようだが、爆豪だけは様子が違った。爆豪だけは、緑谷の秘密を共有していたんだ。
『デクは……イカレてんだよ頭ぁ……自分を勘定に入れねぇ。大丈夫だって……』
緑谷を雄英に連れ戻すと決め、親父を説得する場で爆豪が言っていた。俺はその言葉を聞いて、爆豪はもしかして今、泣きたいのだろうかと思ったんだ。緑谷をずっと「頭がイカレてる」と思っていた爆豪が、ずっと傍で見ていてもなお止められなかったという絶望に。爆豪は緑谷とエイリアンになろうとして、それでも自分が地球人であることを突きつけられたんだ。
「最後にみんなで写真撮ろうよ〜!」
葉隠の一声でA組の面々が一箇所に集まり始める。人数を数え始めると、どうやら二人足りないようで上鳴が周囲を見渡した。「カッチャンこっちこっち!」上鳴が声をかけた方向から程なくして爆豪が現れると、すぐに麗日も続いてやってきた。そのまま俺と飯田の隣にやってきた麗日は、写真を撮ると聞かされると焦って髪型を直していた。言い出しっぺの葉隠が光の屈折を気にして自分が写る方向を吟味している間に、俺は麗日に声をかけた。
「爆豪とどっか行ってたのか」
「うん……ちょっと」
「告白か?」
確か姉さんが持っていた少女漫画だと卒業式の校舎裏で告白をしていたと思い出し、俺がそう言うと麗日は「違う違う」と身振り手振りもつけて否定した。
「あれは宣戦布告……いや、恋バナかな」
「恋バナ」
「うん、恋バナ」
聞けば恋バナってやつは友達とする恋愛話のようで、俺が「いいな」と言うと麗日は笑って「今度する?」と言ってくれた。
「よ〜し撮るよ〜!」
カメラマンにプレゼントマイクまで呼び出し、A組全員で並ぶと俺の斜め前に爆豪と緑谷が居た。明日からそれぞれの道へ行く俺たちを、三年間共に過ごした学舎は決して引き留めない。「あれ、かっちゃんネクタイは!?」「うっせぇ! いいンだよこれで」何やら揉めている声が聞こえるが、慣れたものでA組は誰も気に留めることなくマイク先生だけが「謹慎ボーイズ静かにしろYO」と諌めていた。誰からともなく漏れた笑い声が名残惜しさを吹き飛ばし、前に進む俺たちを祝福する。俺の大切な友人が、この先二人だけで生きていこうとしたら……引き留めていつだって言ってやるよ。俺たちは地球人なんだって。