tokoyami

 ホークスの事務所を訪れるのはこれで二回目だ。
 前回の職場体験は一言で言うと、自分の不甲斐なさを感じるだけの数日間だった。ホークスは別に誰でも良かったのだろう、一学生に構っている暇はないといった様子だった。それでも、自分もヒーローを目指す学生なのだ。名のあるヒーローに指名されて浮かれる気持ちが無かったわけではない。だからこそただ地を這いずるだけの自分が、空を飛ぶあの人に着いていくには「遅すぎた」のだと身を持って実感した。
 そんな中、インターンに再度俺を呼んだホークスの意図が読めず、ただ「前回のようにはなるまい」と必死だった。

「焼き鳥好き?」

 その日のホークスは、残務処理をサイドキックに頼むといつものように飛び去るそぶりを見せた後、また歩道へ降りてきた。そうかと思えば先ほどのセリフを言ったのだ。俺の目の前に降り立ったのを見てはいた。しかし、もちろん俺に言っているとは思わずそのまま固まった俺に、ホークスはもう一度一言一句違わず言った。

「焼き鳥好き?」
「……好きです」

 別に焼き鳥だけが好きなわけではないが、ここは好きと言うべきだとダークシャドウが言っている。そもそも男子高校生が嫌いな肉などあるはずがない。

「よし、じゃあ行こうか」

 そう言って俺の体を持ち上げたホークスは、大きく羽ばたくとその緩慢な一振りで上空へ飛んだ。俺が「どこに」と言う暇などもちろん与えてくれない。ホークスが行くと言ったら、数秒後にはそこに着いていてもおかしくないのだ。しかし、流石に事件ではないからかホークスは優雅に福岡の上空を飛ぶと、ただの石壁に和風の引き戸がある建物の前に降り立った。

「はい、とうちゃーく」
「ここは……」
「俺の行きつけ」

 もちろんのれんや看板なんて出ていない。入って入ってとホークスが引き戸を開けると、入り口からは想像つかない長い砂利の道が続いており、足元を照らす間接照明が更なる引き戸へ続いていた。怖気付いて入れないでいる俺を知ってか知らずか、いやきっと知ってだろうホークスは先導して無遠慮にずんずん進んでさらに戸を開けた。
 店の人と二言、三言交わしたホークスは「おいで」と言って俺をさらに奥の部屋へ誘う。途中で通った際に、板前さんが焼く炭火のいい匂いが確かに夕方の俺の胃を刺激する。しかし見たかぎり、俺がいつも食べている高校生御用達の牛丼チェーン店にあるような焼き鳥丼はきっと出てこないだろう。

「おまかせ頼んどいたから、じゃんじゃん食べて。あ、ご飯も欲しい?」

 高校生だもんな、あ、お姉さんご飯大盛り一つね。
 俺の意図せぬ所で白米を頼まれた。いや、いる。いるけども早すぎる。運ばれてきた焼き鳥以外に何故か瓶コーラまで勝手に頼まれており、俺はホークスの何もかも早すぎる注文を見逃していたようだ。

「インターン、一年生から参加してる子クラスにいる?」
「俺の他にも何人か……」
「そうか。エンデヴァーさんの息子さんも一緒のクラスだっけ」
「轟は……仮免試験に落ちてしまっ……」

 俺はついこぼしてしまった言葉を慌てて拾ったが、拾いきれなかった。個人の情報をたとえホークスであってもベラベラ喋るようなことをしてはいけなかった。俺が口ごもるとホークスは焼き鳥を咀嚼して串を一気に二本、串入れに入れてにこりと笑った。

「知ってる。仮免試験落ちちゃったんだってね〜。あの体育祭の一位だった子もだっけ」
「……そうです」
「体育祭の映像観るに、個性は強そうだし戦闘センスも悪く無かったけど……仮免試験はそれだけじゃ難しいからなあ」
「試験内容ご存知でしたか」
「う〜ん……まあちょっと、内部でね」

 ホークスはまた二本同時に串を空にすると、串入れに綺麗に挿し入れた。俺は体育祭の個人戦で完敗した爆豪を思い出し、コーラを一気に呷る。自分の未熟さが浮き彫りになった試合だった。一度間合いに入られて優位を取られ、反撃の隙を見つけることが出来ずに終わってしまったのだ。

「あと体育祭でヤバかった子いたよね、あの指破壊してた子」
「緑谷ですか」
「緑谷くんって言うんだ。名前はよく知らなかった」

 緑谷の戦い方についてはA組全員思うところがあった。幼馴染だという爆豪の言動と、本人の言葉によるとずっと無個性として生きてきて、急に個性が発現したことで力の使い方から学んでいるとのことだ。それにしてもあの超パワーは、オールマイトを彷彿とする強い個性だと思う。
 そういえば「ダークシャドウを防御に使いたい」と体育祭で言い出したのは緑谷だった。緑谷は人の個性を見て、どのように使うのかをその人以上に考えることが出来るのだと俺は思う。

「中継でしか観てなかったけど、エンデヴァーさんの息子にめちゃくちゃ啖呵切ってなかった? 爆発くんのヤンキー仲間?」
「緑谷は……」

 緑谷はヤンキー仲間ではもちろん無い。むしろヤンキーから一番遠い人物であるといえよう。しかし、俺は時折「緑谷」の中に「爆豪」を見ることがあった。それは緑谷が目の前の敵に対峙した時、その奥底の激情を言葉に乗せている時だった。そして俺は「爆豪」の中にも「緑谷」を感じることがある。誰よりも個性の使い方を磨いてきた爆豪だからこそ、一瞬相手の弱点を見極めて、自分の個性の最善策へ最短ルートで向かうことが出来るのだろう。二人はきっと、ずっと見てきたんだろう。見たくないものも全部、目に入る距離に居たんだろう。それは、良いことだらけではなかったのかもしれない。
 二人を見ていると、ああ、まだまだ『個性《ダークシャドウ》』は成長するのだと思わざるを得ないのだ。

「二人とも、俺の尊敬する友です」

 俺はそう言って気恥ずかしくなり、たっぷりタレのついた焼き鳥を頬張り、さらにどんぶり飯をかき込んだ。そんな俺を見てホークスはむしゃりとまた二本同時に焼き鳥を食い切ると、いつものゴーグルを外して「よか友だちやね」と優しい顔で笑った。

 
 

 

常闇踏陰は向上する