これがきっと愛ってやつなのかもしれない

 

勝デの捏造娘視点です。
本文で明確にしてませんが、二人の養子として書いてます。
年齢操作、捏造設定、なんでも大丈夫な方向けです。

 

 

 

 

 

無理かも、と言う方早めにブラウザバックしてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が顔を出して数分、まだ静かな住宅街を薄い雲の隙間から太陽が照らしていく景色を、私はかつて見たことがある。学校の遠足で登山に行く私の予行練習に行こう、とパパが休みの日に山へ連れていってくれた日も、家から出た私が見たのは今日のように朝焼けに照らされた街だった。
 いつもは賑やかなスクールゾーンの緑でペイントされた道路も人っ子一人歩いていない異様さに、「これからトクベツなところに行くんだ」と子供心に興奮したものだ。
 庭に置いてあるSUV車にはこれでもかというほど荷物が積み込んであり、後部座席には辛うじて人が一人分座れる隙間がある。私はその隙間に滑り込みなんとかシートベルトを締めた。

「お父さんは」
「わかんない、さっきまでトイレに行ってたけど」

 既に運転席に乗って準備万端にしていたパパが、私の答えを聞くと「ヂィッ」と重い舌打ちをした。イライラしているのかハンドルにかけた手をしきりに動かしている。

「呼んでこようか」
「いや、パパが行く」

 そう言ってパパが運転席のシートベルトを外し、外に出ようとしたとき玄関のドアがガチャリと開いた。その後鍵を閉める音が聞こえたと思うと、勢いよく助手席のドアを開けてお父さんが目を丸くしていた。

「ちょっと、なんで二人とももう座ってるの!?」
「お父さんが遅いんだよ」
「おい、昼には不動産屋と鍵の受け渡しの待ち合わせしてんだよ。もう出発予定時刻から十分も経っとる」
「パパの運行計画は最悪のパターンの場合だから、少しくらい大丈夫だって昨日言ってたでしょ。それより、玄関前で写真撮ろうって言ってたじゃないか」

 お父さん待ってたのに~というその手にはパパが数年前に買った立派な一眼レフカメラが握られていた。パパと私は顔を合わせて「まあ、しゃあねえか」という顔をしてシートベルトを外し、お父さんがせっせと三脚を準備する玄関前に並んだ。

「よし、並んでね、あ、お父さんの場所も開けてよね」
「左な」
「えーっと、カメラから見て?」
「違うよ! 私の左側!」
「あ、もう点滅始まった」

 ピッという軽い電子音が徐々に早くなる音がお父さんを急かすのか、足をもつれさせながら私の隣に来たお父さんは、そのまま私の左手をギュっと握った。私が不意に目線を手にやると、右側のパパが左手で私の肩を抱いた。

「前向け」

 パパの静かな声に私が真っ直ぐ丸いレンズを見つめると「パシャ」と音が鳴って、握られていた手を外したお父さんがカメラをチェックしに行った。もう一枚撮るのか、とパパが未だ私の肩を抱いたまま待っていると、お父さんはクスクス笑って「オーケーです」とカメラを片付けた。

「どうしたの」
「だって二人して同じような顔してる」

 見て、とお父さんが私にカメラを寄越すとそこに写る三人のうち一人は満面の笑みを浮かべ、二人は表情の無いいわゆる「真顔」をしていた。もちろん満面の笑みを浮かべているのはお父さんだけだ。

「何これかわいくない。撮りなおす? パパの前向けって声につられたんだ」
「おい、パパのせいかよ」
「かわいいよ、大丈夫。それに時間無いんでしょ。事故らないように余裕持って行かなきゃ」
「「お父さんに言われたくない!(ねェ!)」」

 私とパパが声を揃えて言えば、お父さんは「ほんとそっくり」と笑ってカメラを片付けた。私は腑に落ちなかったが、いよいよ時間も差し迫り始めたため、また後部座席に乗り込んでシートベルトを締めなおすと、片付け終わったお父さんも助手席に乗り込んできた。

「忘れもんねェか」
「大丈夫、だと思う」
「おい、取りに戻ってこれねェんだぞ」
「大丈夫だって、足りなかったらあっちで買うから」
「便所は」
「オーケーです」

 パパが「よし」と言うと車を運転する用のサングラスをかけて車のエンジンをかけた。住宅街にブルブルというエンジン音が響き渡ると、パパはゆっくりと車を発進させる。パパの用意周到さはさすがで、昨日のうちにカーナビもセットしていたのだろう。車内は音声案内が「目的地まで五時間程度」を告げており、その道中はほとんど東北自動車道だ。ただひたすら北上する爆豪家は、さながら敗戦しながら北を目指す新撰組といったところか。

「お父さんは学校に言えばいいから休めるって元から言ってたけど、パパまで有給とる事なかったのに」
「あ? なんでだよ」
「所長が二日も事務所開けていいの」

 私の声にパパは「所長だからいいんだよ」と拗ねたように言った。
 二人は今日、この春から見知らぬ街で働き始める私の引っ越しを手伝うため仕事を休んでくれていた。

 無個性の私の就活はそれなりに厳しい戦いだった、と今になって振りかえれば穏やかに話せるが、当時の私は荒れていた。周りがどんどん内定が決まるなか、お祈りメールばかりが届く私にお父さんもパパもかなり気を遣っていた。
『無個性だから』
 夜ベッドに入ると考えるのはそんなネガティブなことばかりで、今となればそんなことじゃなくて私の企業研究だったり、面接能力だったりが不足していただけなのに、そんな逃げ道を自分で勝手に作っていた。
 ついに食事もうまく喉を通らなくて、ある日お父さんが見るに見かねて自らが勤める雄英高校の事務職員として勤めてはどうか、と勧めてくれた。
それはとても優しいお父さんらしい、娘の私を思っての提案だった。
 でも、自分の力だけで内定も取ることが出来ないとお父さんに言われているようで、それがどうしても悔しくて。

 私はお父さんに、本当にひどいことを言ってしまった。

「お父さんはいいよね、無個性だったけどオールマイトにスーパーパワーな個性をもらって? ヒーローになってさ。そんなのコミックの中みたいな人生送ってる人に、私のことがわかるわけない!」

 一息で言い切った言葉は取り返しがつかなくて、私は下を向いたままダイニングテーブルを挟んで座るお父さんの顔を見る事が出来ずに玄関へ駆け出した。私を呼び止める声が背中に聞こえていたが、足は止まらず夜の住宅街を走り出す。
 向かった先は小さい頃から何度も遊びに来ていた緑地公園で、遊具は錆び付いた滑り台とブランコが二つ。ブランコ二つのうちチェーンが長い方に座ると、随分足が余って小さい頃のように上手に漕げなかった。
 鼻の奥がツンと苦しいと感じると同時に、熱い涙を堪えることが出来なくて、ぐふぐふと汚く鼻を鳴らしながらやけになって勢い良く地面を蹴ってブランコを漕ぐ。
 何回か漕いだ頃、背中に「トン」と温もりを感じ驚いて足を止めた。振り向くとパパが私のパーカーを手に立っていた。

「…………」

 何も言わない私がまた前を向いてブランコを漕ぎ出すと、パパも何も言わずに私の肩にパーカーをかけて背中を押した。勢いがグングンついたブランコは夜空に飛んで行ってしまいそうだった。ギギッと耳障りな音がチェーンから聞こえ、壊れてしまうかと私は足を地面に滑らせてスピードを緩めた。
 ついに完全に止まった私のブランコの隣にパパが座る。二人並んでブランコから足を余らせている姿が滑稽だった。

「パパは昔、お父さんをいじめてた」

 それは唐突な告白だった。私は驚いて横に座るパパを見ると、パパも真っ直ぐ私を見ていた。この人はいつだってそうだ。真っ直ぐ私の目を見て、その燃えるような目は言葉より雄弁だった。

「無個性だったから。無個性で何も持ってないのに、自分を勘定に入れずただただ人を救けたいって心だけでヒーローを目指す姿に勝てねえって思った。パパよりずっと上にいるような気がした。それが恐ろしくて、遠ざけたくていじめた」
「…………」
「お父さんは、運良く個性を貰ったんじゃねェ。勝ち取ったんだ」
「…………」

 パパはいつもテレビの中でヴィランと闘っているときは声を荒げている印象が強いが、私と喋る時は案外いつも静かに喋るのだ。もちろん怒ると怖いが、お父さんと私が喧嘩したときはいつだって私の味方になってくれた。

「お前の悔しさ、わかる気がすンだ。自分の力で勝ち取りてえよな、最後まで足掻いて、完全勝利してえんだよな」
「…………うん」
「お前は負けん気強ェからな、昔から」

 まるで他人事のように言うもんだから、私が笑って「パパに似てね」と言えばパパは少し目を丸くして不敵に笑った。それは、シワが増えたけど小さい頃テレビで何度も見た「大・爆・殺・神ダイナマイト」の笑みだった。

「そしてお前はお父さんのクソナード気質も受け継いどる」
「ええ……?」
「分析は得意だろ、企業研究に活かしてみりゃいいんじゃねえのか」

 「うん」と私が溢した声が嗚咽になってほとんど言葉になっていなかったが、パパはパーカーのフードをそっと私の頭に被せてくれた。本当はお父さんが私のためを思って言ってくれたことだってわかってたのに、無個性だからと卑屈になっていた自分。お祈りメールをもらう度に自分自身を否定された気になり、焦って片っ端から受けていたのもうまくいかない原因だった。もっと一社一社に目を向けて臨むべきだった。
 私はパーカーの袖でぐいっと目元を擦るとブランコから勢い良く立ち上がった。

「…………お父さんに謝りたい」
パパは同じようにブランコから立ち上がると、私のお尻と自分のお尻についた土埃をパタパタと叩いてくれた。
「…………たぶん、玄関先で泣きながら待っとるぞ」

 その後なんとか商社の総合職の内定を貰った私は、全国に支社がある中で東北のとある街に配属が決まった。パパもお父さんも内定は喜んでくれたが配属先が決まると途端に「一人暮らしは大丈夫か」「雪国で暮らしていけるのか」とうるさくて、パパに至っては「今からでも本社に変えてもらえ」と横暴なことを言い出した。折角貰った内定を無くされては困ると思い、仕事を覚えるために新入社員が地方の支社で経験を積むのはよくあることだと私は必死に二人を宥めたのだ。

 キキッというブレーキ音で目を覚ました私は、いつの間にか自分が寝ていたことに気付いた。ぼんやりと目を開けると大きなサービスエリアのようで、賑わう駐車場は澄みきった青空から太陽の光がうるさいほど降り注いでいる。

「あ、起きた?」
「うん、もう半分くらい来たの?」
「あと二時間ってとこか。トイレ休憩だ」

 ドアの外では、パパがその体を反らしてストレッチをしている。長距離運転は長年プロヒーローとして活躍する体でもなかなか辛いらしい。

「ほら、トイレ行くよ」
「うん。あ、ジャンボ焼売串だって。買おうかな」
「お腹空いたもんね」
「とりあえず先にトイレ行け」

 お父さんと私がサービスエリアの端にあるトイレへ向かう道すがら屋台の匂いに気をとられていると、パパが後ろから背中を押してきた。お父さんと私が「はあ~い」と答えると「返事を伸ばすな」と怒られた。長距離運転で疲れて糖分が足りていないのだろう、パパにはチョコバナナでも買ってあげよう。

「わあ、いっぱい買ったね」

 私が両手に焼売串とチョコバナナ、手首にビニール袋を提げて車に戻ると、運転席には交代したお父さんが乗っていた。助手席に乗るパパはサングラスの向こうから「うげェ」という目でこちらを見てくる。

「ちょっとパパ背もたれ倒しすぎ!」
「お前ならこの隙間から乗れるはずだ」
「両手塞がってるから無理でーす。はい、パパのぶん」

 パパはちょっとだけ背もたれを前に戻すと、私の手からチョコバナナを受け取って首をかしげた。

「おい、頼んでねえぞ」
「娘からのお疲れさまの気持ちだよ」

 私がそう言えばパパは満更でもない様子でチョコバナナにかぶりつく。一口で半分ほどなくなったそれをお父さんの方へ向ければ、運転席のお父さんもがぶりと食いついた。ものの二口で無くなったチョコバナナを見て、私も焼売串にかぶりつく。

「あ、見て見てお父さん。ショートのご当地根付け」
「良かったね、集めてたもんね」
「うん! これで半分くらい集めたかな」

 各地の名産品やご当地キャラに扮するプロヒーローをデフォルメした根付けは、もちろんお父さんたちのものもあるが、集めているのは推しであるショートのものだけ。お父さんの親友でもあるショートは私が小さいときから身近に居たヒーローで、パパは少し敵対意識を持っているみたいだけど私たち家族にもよくしてくれる優しいヒーローだ。そして私の「初恋の人」でもある。初めて幼稚園の時に作ったチョコレートを誰に渡すのか、パパに聞かれた時に「ショート」と答えてから、パパは絶対にショートと二人きりにはしてくれなくなったけど、淡い初恋も今では推し活対象として私の人生の活力なのだから、少しくらいパパは心を広く持ってほしい。

「荷物の箱の一つは半分野郎のグッズだろうが。まだ増やすつもりかよ」
「別にパパに迷惑かけてないでしょ!」
「チッ……ナード気質が似ちまったか」
「はいはい、それじゃ出発するよ~」

 サービスエリアを出発してしばらく、パパと私は幼稚園の時のショートチョコレート事件のことや、何故か飛び火してチャージズマのほっぺチュー事件のことなどで言い合いしながら賑やかに北へ向かった。お父さんは時折パパと私を宥めながら、楽しそうに笑っていた。

 不動産屋で鍵を受け取り、アパートの指定の駐車場に車を停め車のドアを開ける。三月だというのにひんやりとした風が肌に凍みて、アパートから見える遠い山の山頂に残る雪に、知らない土地に来たのだと改めて感じた。

「ちょっと肌寒いな」
「さっき不動産屋が言っとったが、先週まで雪降ってたらしいぞ」
「スタッドレスタイヤ履いてきて良かったよね」

 お父さんとパパが車から荷物を出しながら会話しているのを聞き、早いところ部屋に入ってまずは上着を段ボールから出そうと私は鍵を持ってアパートの扉を開けた。
 築浅の部屋は白を基調としていて、前の住人は綺麗に使ってくれていたのだろう、壁にもフローリングにも傷一つ無かった。都心で借りれば家賃は倍以上するだろうが、さすが地方という新卒一年目でも借りれる家賃で安堵した。
 がらんとしたワンルームの真ん中に段ボールを置いて、カーディガンを探していると、玄関からパパが入ってきて窓を全開にした。

「なにしとんだ」
「え、寒いからカーディガン着ようと思って……」
「これから家具と家電が届いて組み立て祭りだろ。嫌でも暑くなる」
「ええ~」

 私が手に取ったカーディガンをぽいっと段ボールに戻すと、パパはテキパキと車から荷物を搬入していった。お父さんが一階、パパが二階で流れ作業のように手早く搬入される様子を見て、二人が幾度とヒーロー活動で協力してきただろう様子を重ねてしまった。

 その後、もともと実家近くで買っておいた家電類と家具が一気に届くと、ワンルームの部屋は三人で居るには随分手狭になってしまった。

「チッ……この量の組み立て、二人でやろうと思ってたンかよ」
「あはは~……あれもこれも必要だよね~って買ってたらいつの間にかこんな量に」
「組み立てはパパたちでやるから、お前は小物類片付けろ」

 「はあ~い」と私が返すとまたパパは「返事を伸ばすな」と怒ってきた。私は段ボールから一通り必要な食器や服を出して所定の位置に仕舞っていく。パパたちはああでもない、こうでもないと言い合いながら一つずつ家具を完成させていた。一番大物だった書棚は、お父さんが一ヶ所ボルトを間違えたことでパパの逆鱗に触れ、再度解体して作り直すということもあったが概ね明るいうちになんとか「部屋」は完成した。

「つっかれたあ~……」
「おい、夕飯どうする」

 敷きたてのラグの上で私とお父さんが寝そべっていると、パパはベッドに腰かけてスマホを弄りながら問いかけてきた。正直こんなに疲れた体で夕飯のことは考えられないのだが、かといって腹は減る。

「あ、そういえば轟くんに引っ越し蕎麦貰ったんだ」
「え! ショートから!?」

 寝転がったままお父さんが言った言葉に私は飛び上がり、ショートからの蕎麦をいそいそと探し始めた。パントリー代わりの戸棚にひっそりと入れられていた乾麺タイプの蕎麦は、お父さんがショートからだと言わなければ私は知らずのうちに食べていただろう。

「蕎麦だけじゃ足りねえだろ」
「それじゃあスーパーに買い物でもいこうか。周りにどんな店があるか見たいし」
「さっき調べたら徒歩十分くらいで行けるとこがあった」
「さすがパパ! 準備いい」

 お父さんが誉めるとパパは嬉しそうにフンッと鼻を鳴らしてジャケットを羽織った。いつだってパパはお父さんに誉められるのが一番好きみたいで、口では憎まれ口を叩くのにそういう時は鼻を嬉しそうに鳴らすのを何度も聞いた。私はいつもそれを見てパパって犬みたいだなあと思っていた。

 スーパーでは「それ本当に私の冷蔵庫に入る?」ってくらい買い物して、案の定手持ちのエコバッグでは足りないからビニール袋を二枚買ってようやくつめることができた。一番重いエコバッグをお父さんが持って、ビニール袋をパパと私で手分けした。我が家の力持ち担当は昔からお父さんで、いつの日かのドライブで、山道の側溝にタイヤがハマった時に車を持ち上げたときは本当にびっくりしたっけ。後から聞いたらちょっぴり個性を使ってしまったとか。緊急事態だからいいんだって二人して言い訳していたのがおかしかったな。
二人の背中を一歩下がって見ながら歩いていると、イヤでも思い出が溢れてきて柄にもなく感傷的になってきた。

「この道はショートカットできるけど街灯が少ないから、一人で通る時はあっちの大通りから帰った方がいいね」
「そうだな、その方が安全だ」
「スーパーも交番も近くにあって良かった」
「コインランドリーもスーパーの前にあったぞ」

 二人の会話が好きだった。全く似てない二人なのに会話の中にはいつだって互いしか生み出せない空気があった。

「さあ、帰ったら早くビール冷やさないと!」
「一番風呂は一番頑張った奴が入れる」
「それって自分って言いたいの?」
「そういうこった」

 私は肘がくっつきそうでくっつかない距離で前を歩いている二人の腕をがっしりつかんで引っ張ると、パパもお父さんも「うおっ」「わあっ」と驚いて立ち止まった。私はそのまま腕を組んで駆け出し言い放った。

「一番風呂はレディファーストに決まってるでしょ!」

 次の日、朝一番の市役所でお父さんと住所変更の手続きを済ませて、銀行に給与口座を作る手続きもしてアパートに戻ると既にお昼が近い時間となっていた。また片道五時間かけて帰る二人は、今日の昼前には出発すると言っていたはずだ。
 アパートの扉を開けると、パパがエプロンを外して出迎えてくれた。良い匂いのするアパートはまるで実家のキッチンのようで、驚いた私はテーブルに並ぶタッパーの山にさらに驚いた。
 パパは今日食べる以外のものは冷凍庫に入れるように小分けのタッパーに分けてくれていた。ご丁寧にマスキングテープで中身も書いて貼ってある。パパの几帳面なところは、一生真似できないな、と私が思ったのを見透かされたのか「自炊がんばれよ」とエプロンをそのまま渡された。
 よく見ればパパがつけていたのは私のショートモデルのエプロンで、「まだ一回も使ったことなかったのに!」と恨みがましく睨んだがパパは意地悪な顔して笑っただけだった。

「ひゃ~いっぱい作ったね。道理で昨日いっぱい買い物したわけだ」
「コンビニ飯ばっか食わねえようにな」
「パパレベルのご飯作れる自信ないよ……」
「おこわは炊いてラップに一食ずつ分けたのを既に冷凍庫に入れとる。浅漬けの白菜は今日の夜には置石をとっておけ。漬かりすぎるからな」
「小まめに掃除して、ゴミ出しわからなくなったら市役所のカレンダー確認するんだよ」
「もう~わかったてば」

 言い忘れたことがないように、と二人で交互に小言を言って止まらなくなってきたところで私が痺れを切らして「時間! いいの?」と言えば、お父さんが「さて」と言って鞄をつかみ、パパは「おう」と腕時計をはめて立ち上がる。
 車まで見送ろうかと玄関に立つ私に、ここでいいよと二人は狭い玄関先で振り向いた。

「体に気を付けて、当分は仕事から帰ったら連絡してね」
「心配しすぎだよ」
「じゃあ心配させねェよう頑張れ」
「ぅぐっ……ガンバリマス……」

「本当にどうしようもなくなったら、いつでも帰ってきていいんだからね」

 お父さんが歪んだ手で私の頭を一撫ですると、その上から熱いパパの手が重ねられたのがわかった。
 二人のプロヒーローの手に守られてきたんだなあ、と私が実感しているとパパの手が頬を撫でた。小さい頃泣いてばかりだった私の頬を優しく撫でてくれた手付きと同じその仕草に涙をぐっと堪えて前を向く。

「泣いてないよ」

 ぐっと笑ってそう言えば、パパは上出来だというように最後に髪の毛をぐしゃりと混ぜてきた。

「泣いてるのはパパかもね」
「ンだとォ!? てめェこそ帰ったら大泣きすんだろ!」

 お父さんが珍しく意地悪い顔をしてパパを煽ると、パパは般若のごとく目を吊り上げてお父さんに噛みついていた。

「はいはい、二人とも喧嘩するなら近所迷惑だから早く帰ってね」

 玄関のドアを閉めた後もしばらくギャーギャーと言い合う声が聞こえたが、エンジンのブルブルと震えた音が聞こえたと思うと、ゆっくりとその音は離れていった。
 さっきまで騒がしかった室内は時計の針のカチカチと進む音しかしなくて、何か音が欲しかった私はテレビをつけた。
 時計を見れば針は正午をまわったところで、良い匂いをさせるタッパー群に一つだけある皿にラップがかけられたものを見つけた。恐らく昼御飯用に分けておいてくれたそれはラタトゥイユだった。夏野菜が大量に手に入った時に作ってくれたパパのラタトゥイユが大好きで、よく作ってもらったっけ。季節じゃないはずなのに野菜がたくさん入ったそれをスプーンで一掬いして口に入れた。
 ニンニクが効いて野菜の旨味とトマトの風味が格別で、いつものパパの味だと思ったらさっきは堪えられた涙が滲んできた。
 ぐいっと涙を拭って一口、また一口と食べ進める。「明日からこの街で頑張るんだ、大丈夫」と私は二人のヒーローに心のなかで誓った。

 

 

 

 

 

 行きは三人で騒がしかった車内は、驚くほど静かに東北道を南下していた。僕は運転している横顔のサングラスで隠された目尻が赤く滲んでいるのを見逃さなかった。あの子が僕たち二人の所に来てくれてから早二十年、人生の半分を使って育てた我が子が一人立ちしたのだ。ましてやあの子は生粋のパパっ子だった。寂しくないわけないが、きっと言葉にすることはない。そういう男なのだ。
 だから正直に言葉にするのは僕の役目だ。

「寂しくなるね」
「あ? まあ……心配だ。会社でうまくやれんのか」
「大丈夫。パパに似て要領が良い子だから」

 ラジオもつけていない車内に僕の電話に着信が入ったコール音が鳴り響くと、二人してあの子に何かあったかと少しばかり緊張が走った。
 忘れ物でもしてしまっただろうかと画面を見れば、そこにはあの子ではない見知った名前が表示されていた。

「どうしたの」
『今日引っ越しだって聞いてたからねえ、大丈夫だったかと思って』
「うん、無事終わったよ。今パパと帰ってる」
『それは良かったわ。風邪引かないよう気を付けるよう言ってきた?』
「言ってきたよ」
『そうそう、この間勝己くんに病院送ってもらったでしょう。最後まで付き添いさせちゃってねえ。運転中かしら、お礼言っておいてね』

 経験から僕はこれ以上話を続けると長くなりそうだと判断し、「わかったよ」と電話を切ると車内はまた静かな空間に戻った。

「うちのお母さんが、この間病院ありがとうって。送迎と、ずっと付き添いしてくれて」
「わざわざお礼言われることじゃねえ」
「でも、僕はどうしても行けなかったし」
「いいか、てめェの親は俺の親でもあるんだよ」

 逆もそうだろ、となんてことないように言ってウインカーを出しながら減速した車は、行く時に寄ったサービスエリアと反対方向の駐車場に停まった。こちら側のサービスエリアはこじんまりとしており、駐車場もあまり混んでいなかった。

「寂しいね」

 僕は先の言葉をサービスエリアに対して言ったのだが、違う意味で捉えたのか運転席でサングラスを外しながら腕を力強く掴まれた。

「『いずく』」

「今日は帰ったら久しぶりに二人で呑み行くか」

 あの子が幼稚園に入った頃から、周りに合わせて「暗黙の了解」というように「パパ」と「お父さん」になった僕たち。それは僕たちが家族になるための合言葉だった。家族って言ったって所詮は他人の集まりなのだから、壊さないように必死だった。
 それは役割で繋ぎ止めるように、僕たちに言葉の鎖を見せつけては「親」として自覚する日々だった。
 何度もした大きな喧嘩も、あの子の存在が僕たちを繋いでくれていた。

「『かっちゃん』が教えてくれた、あのクラフトビールの美味しいところがいいな」
「そのあとレイトショーも観に行きてェ」
「今何やってたっけ」
「ある登山家のエベレスト登頂ドキュメント」
「ええ~それは僕寝ちゃうかもなあ」

 かっちゃんは「寝たらたたき起こす」と物騒な事を言うもんだから、抗議の意味を込めてギュッと手を握り返す。かなり強く握ったからか、かっちゃんは「イテッ」と珍しく口からこぼしていた。

「ねえかっちゃん、寂しいね。寂しいけど、嬉しいね」

 かっちゃんと僕を「親」にしてくれたあの子が、社会に飛び立ってくれたことが、嬉しいと思った。所詮他人の二人だけど、だからこそ世の家族は努力して家族になっているんだ。あっという間の二十年、こんな僕と一緒に居てくれた君がこんなにも愛しいから。

「……そうだな」

 きっとかっちゃんは、来月あの子が帰ってくるゴールデンウィークに、腕によりをかけてあの子の好物をいっぱい作って待ってるんだ。僕は冷えたビールを用意して、仕事の愚痴かはたまた弱音か、頑張りすぎちゃうあの子の話を「うんうん」って聞いて頭を撫でてあげよう。
 そうだ、これがきっと愛ってやつなのかもしれない。