息をするように未来捏造のプロヒーロー設定です。
切島くんをファットガム事務所所属としてます。
お互いの仕事で話せることも話せないこともあることを知りながら出久のことを「わーってる」かっちゃん。
インドの動画投稿主のモデルとして、私が好きで見させていただいてる投稿者さんを参考にしています。
わかる方もいらっしゃると思いますが、心の中にお留め置きいただければ幸いです。
文章内のあれやこれは実在の物と一切関係ございません。
誤字脱字ご容赦ください。
「よお、これミヤゲ」
「お疲れさまです!」と切島がバンッと力任せに事務所のドアを開けて入ってくるやいなや、先の言葉を言ってドア近くに居た上鳴に袋を手渡していた。
俺はソレの中身が何か言われる前に、その中に何が入っているかすぐにわかった。白い袋に赤字で数字が書いてあるその強烈な食欲をそそるにおい。切島がファットガムの事務所に所属してから、土産として幾度と持ち込まれたソレは、もはやテロ行為だ。食欲をそそるにおいテロ。
「ウェ~イ! 俺これ好きだ」
「だろ~? 新幹線乗る前につい買っちゃうんだよなあ」
確かに美味いのは認めるが、そろそろ別の土産でもいいのではないかと前回の時にそれとなく言ったが、この直情男には通じなかったようだ。
せめて豚まん以外の、そうだシュウマイとかでもいいのだ。事務員に手渡したそれが事務所備え付けの電子レンジで軽く温められて戻ってくると、働き盛りの事務所面子に自ら配ってまわる切島から俺も一つ受け取った。
「てめェいつもこれじゃねえか」
「でも好きだろ?」
嫌みなく切り返され、俺はやはりものの数秒でかぶりついてしまう。何か依存させる薬物でも入っているのではないかと思うくらいだ。
切島は一通り配り終わると「今日は長居できねえんだ」と申し訳なさそうに言った。そもそも、仕事で東京に来ているというに律儀に俺の事務所に顔を出す必要は無いのだが、そこは学生時代の見慣れた顔に会いたいという気持ちの現れなのだろう。
「なんの用事?」
上鳴が豚まんにかぶりつきながら問うと、切島は一瞬口を開いてすぐに真っ直ぐ結んだ。俺はその表情を見て「本当にわかりやすい男」だと思った。
「守秘義務があんだろ、あんまり聞くな」
「あ、そっか」
ヒーロー事務所は特別に事務所間でチームアップでもしなければ、警察や国と連携して事件解決に当たるような事案を外部に漏らしてはいけない。それは、一緒に暮らす家族にだってそうだ。
「またなー!」と嵐のように切島が帰ると上鳴が「でかい捕り物でもあんのかな」と珍しく真剣な顔でつぶやいていたが、俺の事務所に要請が来ていない以上、考えるだけ無駄なことだろう。
*
マンションのエレベーターに乗り込み階数の数字が上がる様子を見つめていると、数字が上昇する度に俺の肩に疲れが乗るようで、俺は知らずのうちに溜め息をついていた。
今日は、というよりここ最近は管轄外の緊急要請が増えて残業続きだった。特にあのクソデクの管轄から呼ばれることが多く、俺はその度に「何やっとんだアイツ」という別の苛立ちが募るのを感じていた。
あんなにどこにでも首を突っ込み、管轄外まで来るのはあいつの十八番だったはずだ。
(デカい怪我をしたとは聞いてねえ……)
なんなら、一昨日にはぴょんぴょん飛び回る緑のモジャ頭を後ろ姿だけだが確認出来た。俺はイラつきと少しのもやもやを抱えながら、自分の部屋にカードキーをかざして入る。
俺は帰宅して早々シャワーを浴びて、作り置きのつまみと買ってきた惣菜を机に並べる。一日一缶と決めている糖質オフの発泡酒をコースターに置くと、その手でリモコンを取りテレビをつけた。
ここ最近の癒しは、海外を旅する動画を見ることで、その中でもインドの旅動画を好んで観ていた。その動画投稿主を見つけたのは本当に偶然だった。始めたのは数週間前のようで、登録者数も少なければ再生回数も良いのでも三桁で、編集もほとんど無い。
なんなら喋りもしないその動画は、基本的に字幕と投稿主の目線でインドの屋台や飲食店で飯を食っているだけなのだ。ただ、自分で異国を旅しているようなその素朴な動画の作りは、癒し効果のようなものがあるようで俺は晩酌のお供として垂れ流している。
字幕:私は今日、インド最大の都市のムンバイに来ています。
動画の中では活気溢れる道路に人もバイクも牛も入り乱れており、動画主が進むと人々はそのカメラを一瞥してはまた自分の仕事に戻っていた。
俺はクラクションが鳴り止まないその動画を見ながら、動画主は目線の高さから女ではないだろうと踏んでいた。
字幕:露天が多く出ています。物売りも多いですが、食べ物の屋台も多いので少し食べ歩きしてみたいと思います。
字幕:サモサ パブ? と書かれています。何が売ってるんでしょうか。
動画主は簡易的なテーブルとでかい皿の上に茶色い揚げ物がたくさん乗っている屋台に近づいていった。周辺で立ったまま食べている男の食べ物を覗き込むと、男は怪訝な顔をして動画主の方を見ていた。
字幕:前の男性が頼んでいるものと同じものを頼んでみようと思います。パンのようなものに具を挟んで食べるようです。ボラパウというみたいです。ハンバーガーが近いかもしれません。
字幕:これを一つください。
屋台の店主から、固いパンのようなものに揚げ物を挟めたものを受けとる動画主の手がちらりと映る。やはりその手は男のもので間違い無いようで、なんだったら傷も多く、格闘技か肉体労働で過去に怪我でもしたのかと思うほど汚い手だった。
字幕:中に挟まっているのはコロッケのようなものでした。
字幕:食後にあのチャイ屋で一服します。
字幕:一昨日も来たので店員さんがフレンドリーに話しかけてきます。
今度は建物のカウンターのような一角で、大量のコップとポットが置いてある所に行き座っている男に話しかけていた。字幕にあるように、何度か来ているらしく動画主を見ると親しげに話しかけてきた。
字幕:ヘイ ブロ! また来たのかい。
字幕:ナマステ! チャイ一杯ください。
字幕:今出してやる そこに座ってな
店先のベンチに座った動画主の横には、少年が一人道路に絵を描いて遊んでいる。その少年を一瞬映した映像は何故かすぐに店先の看板の方へ方向転換された。やはり子供の顔はあまり動画に載せてはいけないと判断したのだろう。
看板を映しながら会話だけは動画主と少年でしているようで、字幕は出ていないが拙い英語で「何を描いているの?」と動画主が聞いて少年が勢い良く答えていたが、不自然なカットが入りその後はチャイを一杯飲んで、その日の動画は終了していた。
少年の答えは途中で切られていたが、空耳でなければこう答えていたはずだ。
「ファットガム!」
*
「よぉ、爆豪」
今日も今日とて何故か管轄外から要請が入り向かうと、既に半分野郎がヴィランを拘束しており警察に引き渡していたところだった。
俺が来た意味ねえじゃねえか、この目の前のポヤポヤ坊っちゃんはプロになっても抜けているところがあり、広域通信が意味をなしていないことを咎めてやろうと口を開いた。
「無駄足じゃねえか! 通信しろよ」
「お、そうだった。すまん」
「すました顔で言われてえンじゃねえんだわ」
俺が目をつり上げて憤っているのを全く気にしている様子がなく、そこがまた俺の血管をひくひくさせる。
轟の代わりに俺が通信で応援要請の解除を告げると、警察と話していた轟が俺に話しかけたそうに待っていた。
「あんだよ」
「最近、緑谷と会ったか?」
「あ?」
「緑谷、なんか何週間か前にSNSのトレンドに入ってただろ」
轟が言っていたソレは、数週間前に少しばかり話題になっていたトレンドワードだった。なんでも「デク」と「インド」がトレンドワードに上がり、そのトレンドワードを見た者が「デクとインドがトレンド上がってるんだけどなんで?」「デクとインド……なんでトレンドに上がってるの?」「デクがインドに行っちゃうってホントなの~?悲しいよ」など思い思いに呟くことでさらにトレンド入りしていくという悪循環で何故トレンドに上がったのかわからないという事態になったのだ。
事の発端は、とある情報番組のご意見番的立ち位置でテレビ出演している人物の『デクに救けられた人は二度と救けてもらいたくないか、何度でも救けてほしいかの二択らしいと聞いた俺「それなんてインドw」』という呟きがプチバズりしたことだった。
そこから「デクはインド」というネット民の大喜利大会のおもちゃにされたヒーローデクのコラ画像選手権は、インド大使館公式アカウントの「ヒーローデク!是非インドに来てください!」というラブコールで一種の平和的幕を閉じたのだった。
「そんなンあったな。別に現場で見ただけで喋ってはねえぞ、俺は」
「俺もこの間現場一緒だったんだが、なんか、上手く言えねえけど、元気ねえっつうか」
「あいつが気にするたまかよ」
「落ち込んでる風ではなかったんだが、緑谷らしくない感じがした」
「とにかく、気にかけてやってくれねえか」と轟が俺に言うと、俺が言い返す前に親父譲りの機動力で既に空の彼方へ翔び去って行った。俺はまるで彼氏面のようにしている轟の言葉に、他意は無いとしても「お前に言われんでも」と言ってやりたくなった。出久のことを気にする轟にイラついてる自分に気づいてさらに舌打ちが生まれるのを止められなかった。
*
いつの間にか件のインド旅投稿者のチャンネル登録まで済ませていた俺は、退勤前に動画のアップを告げる通知が来ていたのを見て柄にもなく楽しみにしていたのだ。思えば、日中轟が言っていた出久のインドトレンド入り事件から、何故かインドが気になりネットサーフィンして動画を見ていたのもこのチャンネルを見つけたきっかけだった気がする。
俺はいつものように糖質オフの発泡酒を「カシュッ」と良い音をさせて開けると、テレビの画面から新着動画を再生した。
字幕:私は今日もインド最大の都市、ムンバイに滞在しています。
字幕:今日は夜の屋台で食べ歩きしてみたいと思います。
先日のムンバイから移動せず、今日の動画は夜の時間帯に出歩いているようだ。夜と言っても、インドの街は眠らないのだろうか、昼よりもさらに人の多さが目につくようで、道路の人、バイク、歩いて売る行商人や、道路に野菜を広げる露店商はやはり活気に溢れている。
字幕:ドーサの店がありますね、食べようかな。
動画主が道路の向こう側に目当ての屋台を見つけたようで、道路を渡ろうとしていたがなかなかバイクが途切れず渡れずにいると、一人の男性が手を引いて一緒に渡ってくれたようだ。どうやら現地人にしかわからない渡るタイミングがあるのだろう。
字幕:親切な人が一緒に渡ってくれました。
字幕:ドーサはインドの一般的な軽食のような食べ物で、見た目はクレープのようです。
屋台の強面のオヤジが丸い鉄板の上でクレープのように生地を薄く伸ばしている様子が映り、動画主が声をかけている。
動画主はよっぽど身バレが嫌なのか、字幕で対応出来ない、店員と話す時などの自分の声はご丁寧にいつもエフェクトをかけていた。
『マサラドーサ ワン! プリーズ』
字幕:マサラドーサは先程のクレープのような生地の中に野菜が入ったマッシュポテトを包み、カレーのようなスープとチャトニというココナッツの漬けダレなどと一緒に食べる料理です。
字幕:私はインドでマサラドーサにハマり、結構な頻度で食べてます。
屋台のオヤジは慣れた手つきでサッとドーサを焼き上げ、字幕にあるようなペースト上のポテトを乗せると、調味料を振りかけていた。
その時、動画主が焦ったように声を出していた。
『ノーチリ!』
その声に顔を上げた屋台のオヤジが振り掛けようとしていた調味料をカメラに向けた。
字幕:チリペッパー、かけなくていいの?
字幕:いらないよ!
それを聞くと調味料のボトルを置き、オヤジはくるくると生地を巻いて皿に乗せて二種類のカレーを器の仕切り部分にかけていた。
字幕:チリは辛いので断っています。
字幕:完成しました。バターの香りが食欲をそそります。
字幕:熱いけど手でちぎって食べるのがインド流です。
動画主はやはり傷だらけの手で出来立てのマサラドーサを手で器用に食べていた。
店先で食べるのが普通のようで、立ったまま屋台の端で食べていると横の男性になにやら話しかけられていたが、字幕はつかずなんと話しているのかわからなかった。ものの数分で綺麗に食べきると、空になった器を店主に返して動画は終わった。
『ノーチリ!』の一言、一瞬のその一言にエフェクトをかけるのも面倒だったのだろう、加工されていないその声は、男にしては高い耳馴染みのある声だった。
*
夜勤明けの出久を朝飯に誘うのは、何も今日が初めてではない。
以前より適切な距離で出久と接するようになった俺は、トレーニングがてら飯に誘ったり、なんならお互いの家でオフを過ごすこともあった。
だから、目の前の出久が心底意外です、という目で俺を見ているのがなんとも不気味で、轟の言う「らしくない」という言葉を思い出した。
出久を半ば引き摺るようにして向かったのはコーヒーチェーン店のモーニングだ。出久は未だブラックコーヒーを飲めないが、この店はメロンクリームソーダが好きでよく来ているといつも言っていた。
俺がホットコーヒーとモーニングセットのゆで卵を選ぶと、出久はいつも通りメロンクリームソーダとタマゴサラダペーストを選んでいた。
ものの数分でドリンクと食パンが運ばれてくると、出久はメロンソーダを一口飲み、ほかほかの食パンをちぎっていた。
俺は卵の殻を丁寧に剥いて食卓の塩を手に取ってふりかけて一口で食べきった。いつものルーティーンだった。
「かっちゃん、珍しいね僕とごはんなんて」
「べつに、前も来ただろ」
「そう……ッだっけね」
「っつうかよォ……」
「俺ら付き合ってんだから、普通だろうが」
俺が食パンにかぶりつきながらそう言うと、出久はちぎった食パンを口に入れたまま噎せていた。
「っ……ぐふっ……エッ! そ、そんな」
「おい、大丈夫かよ」
「えっと、あの、そ、ソウダヨネ! お付き合い……」
噎せたからか、別の理由からか、出久は顔を真っ赤にしたまま勢い良くメロンソーダを口に含み、勢いよすぎたのかそれにまた噎せていた。
「バァーーーーーーカ! 冗談だっつの。誰がてめェと付き合うか」
「ハ……ハァァ!? 冗談か! だ、かっちゃんが冗談言うなんてびっくりしちゃったよ」
出久は「もう!」とふくれながらメロンクリームソーダのソフトクリームをスプーンですくい一口ずつ食べ進めていた。俺は食パンを一足先に食べきり、そばかすが散る出久の頬を見つめていた。そばかすの数までうまくやるもんだと思いながら、俺はホットコーヒーに口をつけ啜った。
『てめェまたアイス引っくり返してんのかよ、昔からそうやって食うの好きだよな』
『いいじゃん! この氷とアイスの境目のシャリシャリしてるところが美味しいんだよ』
お上品に食パンをちぎりながら食べる目の前の出久は、会話もせずに新聞を読む俺を見ては居心地悪そうに食べ進めていた。
お互いドリンクを飲みきると出久はやっと解放されたと思ったのか、会計を済ませると「早く帰って寝よう!」と笑顔を張り付けたまま足早に去ろうとしていた。
「おい、待て」
俺は脱兎のごとく駆け出そうとしているその首根っこをつかむと、出久に袋を投げつけた。出久は「いてて」と言いながら見事キャッチすると、袋のなかを見て怪訝な表情をしていた。
「えーっと、これ、大阪の食い倒れ人形?のお菓子?」
「切島が持ってきた。お裾分けだ」
今日の朝、何故か急に切島が事務所にやってきたらしく、俺は会わなかったが「所長にも預かってますよ」と退勤前に事務員に渡されたものだった。あんなにも頑なに豚まんしか買ってこんかったヤツが急に日持ちする菓子を土産にしやがって、「本当にわかりやすい男」だと俺は思った。
「あ、ありがとう」
出久がなにか言う前に俺の方から背を向けて歩き出すと、後ろの気配も動いたのがわかった。
『今日はこのまま、かっちゃんち一緒に帰ろうかな』
脳内ではいつかの出久の声がまるで現実かのように聞こえ、俺は慌てて振り返ると、出久はなんてことないように反対方向へ歩き出していた。
俺はまるで中学時代のような癇癪がおさまらず、ポケットの中から乱暴にスマホを取り出して起動した。メッセージアプリをタップすると見慣れた連絡先を表示して、この衝動を無機質な文字列にぶつけてしまいたかった。
フリック入力で軽快に文字を入力し送信ボタンを押そうとしたが「そんなことをしてどうする」「守秘義務だろ」というプロヒーローの俺がその指を不意に止めてきやがる。
俺はゆっくりと、しかし確実に入力された言葉を全て消していた。
(おまえいま、どこにいる)
*
字幕:私は今、バスに乗ってマイソールという街に来ています。
字幕:露天では洋服や靴が売られています。すごい量の陳列です。
字幕:毎日綺麗に陳列し直しているのかと思うと大変そうですね。
字幕:今日はマイソール宮殿に行ってみたいと思います。
字幕:マイソールはかつて栄華を誇ったマイソール王国の首都でした。
字幕:マイソール宮殿はインドの方々に人気の観光地となっており、今日もたくさんお客さんが来ていますね。
字幕:宮殿に行く前にチャイ屋で一服します。
字幕:すみません
字幕:…………
字幕:あのおじいさんは店員じゃなかったようです。誰が店員さんかわかりません。
字幕:あの人でしょうか、すみません、チャイ一杯ください。
字幕:ナマステ! チャイの他にお菓子はいる?
字幕:いらないです。
字幕:店員さんでした。
字幕:どこから来たんだい?
字幕:日本です。
字幕:日本! コニチワ
字幕:ハハハ こんにちは。ナイス日本語。
字幕:観光で来たの?
字幕:今日は観光です。インドには仕事で来てます。
字幕:そうかい、マイソールを楽しんで!
字幕:ありがとうございます!
*
それから何度か俺は、確かめるように出久の勤務終わりに飯を誘い、「今日もか」と思う反面目の前の「デク」がいるかぎり「出久」の生存は確実だろうと安堵もしていた。
数日前に俺が見た深夜の国営放送でやっている海外の事情を伝えるニュース番組で、インドの臓器売買集団が摘発されたと報道されていた。
朝のワイドショーはヒーローと女優の不倫で持ちきりだったからあまり話題にはなっていなかったが、日本のヒーローも数人派遣されていたようだ。
そこに「デク」の名はもちろん無かったが、ファットガムの活躍が現地の特派員のレポートで伝えられていた。
摘発のきっかけはなんてことない道端の、チャイを売る屋台だったそうだ。
そして俺にとってはこっちの方が重大で、あの動画投稿主の投稿が滞って今日で三週間経っていた。
今までコンスタントに動画を上げていたはずだが、ここ最近俺のスマホにアップロードされたことを告げる通知音が鳴ることはなく、晩酌のお供が無くなったことで自ずと飲まない日も増えていった。
休肝日が出来て良いことだと思うようにして、俺は仕事帰りに最寄りのスーパーマーケットに足を運んだ。じゃがいもや玉ねぎなどの常備野菜を一通り揃えると、最近ハマっている香辛料ゾーンで目ぼしいものを片っ端からカゴに入れていく。
(クミンシード、コリアンダー、サンバルパウダー、カレーリーフ……)
俺は陳列棚の下段にある瓶を見るためにその場でしゃがみこみ、手もとのスマホにメモしたレシピとつき合わせながら一つ一つ確認していた。思いの外夢中になっていたのと、スーパーの通路はあまり広くないからか、俺の背中に後ろを通りたいのだろう人がぶつかってきた。
「あ、すんませン……」
「こちらこそ、すみませ……」
俺を見下ろすように立っている目の前の出久は、心底驚いた様子で口を開いたまま固まっている。よほど慌てたのだろう、出久の手から離れ落ちたカゴの中には、調味料コーナーの反対側に陳列されているお茶漬けとお吸い物のインスタントが入っていた。
「えーっと、お疲れさま。仕事帰り?」
「そうだ。てめェは」
「僕もそんなところ、かな……」
俺はすくりと立ち上がり、未だ通路に投げ出されている出久のカゴの中身を俺の方へ全部入れた。
「俺ンち、来て、飯食うか」
出久は空になったカゴと俺の顔を交互に見ると、少し日に焼けた顔を綻ばせて頷いた。
そうと決まれば、と俺が空になった出久のカゴを引ったくって通路に置いてあるカゴのストックに戻してやると、背中から追いかける出久の声が聞こえた。
「かっちゃんの手料理久しぶり! 楽しみだなあ、今日のメニューはなに?」
「マサラドーサ」
俺の返答を聞いた出久がピタリと足を止めたのがわかり、振り向くと出久は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたものだから、俺はその顔に胸のすく思いをしてさらに言ってやった。
「出久のお子さま舌のためにチリペッパーは抜いてやンよ」
俺の言葉に出久は先程まで俺がしゃがみこんでいた通路を振り返り確認すると、また俺に向き直り「舌が肥えてるからね、ぼく」と生意気に言い返してきやがった。
何度も動画で見たあの異国の料理が、どんな味がするのか俺は知らない。
ニヤリと笑って俺が「食後にチャイも飲むか」と問うと、出久は「お吸い物がいい」とげんなりした顔で言ってきた。
もし出久がインドなら、俺は二度と行きたくないと思うのか、それとも何度でも行きたいと思ってしまうのだろうか。
買い物の続きをするため歩き出した俺のカゴの中で転がる香辛料の瓶たちの多さに、俺は何故か笑い出したくなった。
もしお前がインドなら