小学生勝デの小話です。いや、勝→デです。
かっちゃんのいじめ描写があります。
話の後味が良くないです。ご注意を。
小学五年の春、俺とデクは初めて別々のクラスになった。
思えば「無個性」だからと俺が先導してデクをからかい始めたのは幼稚園の頃だ。そこからいわゆる「仲間外れ」のようないじめを経て、小学校中学年頃から既にデクは俺以外の誰ともつるまない「いじめられっ子」の位置として認識されていた。俺は無個性の癖に一丁前にヒーロー気取りをするような態度を取るデクが気にくわないだけだったが、俺以外のクラスメイトはデクのナード気質なところが「キモい」と言って遠ざけていた。
同級生たちが自分と異質のものを遠ざけるようにいじめるのを見て、俺のイライラはどこに向けていいものか解らなかった。
俺からいじめ始めたからか、大義名分を得たというように他のクラスメイトもデクを馬鹿にして良い対象だと思ったのだろう。デクのクラス内でのカーストは最下層だった。俺はそれに少しでもイライラが晴れるような気もしたが、何故か胸の奥にあるイラつきは大きくなるばかりだった。
たまにデクを不憫がって気にかけるモブが声をかければそいつもまとめて標的にしてやった。そうすれば俺の標的になることを恐れたモブはよそよそしくなり、デクはすぐにいつもの「孤独」に戻っていった。
いつの日か、デクにイラついて威嚇爆破する際に調節を間違え、デクの服や髪を燃やした時はさすがに教師にバレて怒られた。思えばその頃から目をつけられていたのだと思う。
四月の始業式、俺は下駄箱を履き替えた先にあるクラス替えの貼り出しを見て、俺とデクを離すように意識的に操作されたのだと思った。
顔を見なくなればこのイライラが解消されるのかと安堵したのも束の間、いつの間にか後ろからやってきたデクがクラス表を見上げているのを見つけ、俺は逃げるように自分のクラスへ入っていった。
デクが少しでも嬉しそうな顔をしたら、この自分でも飼い慣らすことが出来ない飢えた獣のような衝動が抑えられないと思った。
「カツキー!また同じクラスになれたね」
俺が教室に入ると、既に教室内には数人ごとのグループが出来上がっており、そのうちの一人が「あ!」と嬉しそうな声をあげて走ってくる。
去年からベタベタするようになった女子の一人が馴れ馴れしく俺のランドセルに触ってきた。それを払い除けるように自分の席につく俺に気づかず、ソイツはなおも俺の机から離れなかった。
「先生たち、わたしたち仲良しグループで同クラにしてくれたんだ!」
早熟な女子グループの数人が、俺たちのグループとつるむようになったのは去年のことで、ことあるごとにドラマや少女漫画の真似事のようにグループデートに参加させられていた俺は、そういえば先程のクラス表に誰がいたかなんて何も見ていなかったと気づいた。ただ、デクが隣のクラスにいたことだけを見ていた。
不意に甘ったるい匂いが香り、俺が目をむけると机の周りは先程の女子に加えグループデートをさせられた面子が揃っており、女子が揃ってポケットから色違いのリップを出していた。
なんてことはない薬用リップにフルーツの匂いがついたもので、唇に色がつくわけではない。値段も数百円と小学生からしてお小遣いで買える程度のものだ。
「ほらこれ! この間のデートでプレゼントしてくれたやつだよ」
プレゼントしてくれた、とは良いように言っていると俺は思った。男子全員と女子全員で何かプレゼントしあうという約束のもと、男子が選んだものがソレだっただけだ。中学生の姉がいるという男子の一人が「告白と一緒にプレゼントするのが流行ってるらしい」という言葉通り、女子はそのリップを大層気に入って帰っていった。
色もつかないリップを朝から塗ってご満悦になっているモブどもを見て、俺は甘ったるい匂いとその茶番に辟易した。
*
隣のクラスになったデクとは、特に顔を合わせることがなくなって俺にとって、いやデクにとって平穏な日が続いていた。唯一顔を合わせることがあるとすれば、隣のクラス故か体育の授業だけ二クラス合同で行うため、嫌でもデクを見ることになった。
春先に初めて一緒の体育の授業を受けた時、持久走という地味な競技を全員でさせられた時に見たのは、俺のいないクラスでも孤立していたデクの姿だった。学校唯一の「無個性」は五学年ともなればある意味目立っており、積極的に自分から話しにいかないデクの性格もあり遠巻きにされているようだった。
俺はそれを見てやはり胸のすく思いもあれば、今すぐその胸ぐらをつかんで「俺がいない所でもそんなんかよ」と問い詰めたい衝動に駆られた。
ひょろひょろのデクは持久走という競技に向いているらしく、俺よりは遅かったがそこまで下位というわけではない順位でゴールしていた。まだお互いのクラスの大半がゴールしていない中、校庭の花壇に腰かけて息を整えるデクに、俺は近づいていった。
(よォ、クソナードくん、友達できたンか?)
「緑谷くん、大丈夫? けっこう早いんだね」
俺の声は大気中に発せられることなく、落ち着いた女子の声がそれを遮った。デクはソイツの名前を呼んで「君こそ」とくすり笑った。デクの声変わりしていない声は女子のそれと変わらず、汗がつたう首をタオルで拭いては楽しげに会話している二人を見ることが出来ずに踵を返した。
(クソデクの分際で、女子と仲良くおしゃべりってか)
俺のクラスのモブが言うには、デクと話していたのは今年から転校してきた女子生徒らしく、デクがこの学校で遠巻きにされていることも知らないようだった。
きっとこの間の談笑もデクが「無個性」だとか「ナード」だって気付いていなかったのだろう。
俺は今日も今日とて合同で行われている体育で、デクが一人体育館の端でこちらを見ている視線を感じて、あの日の鬱憤が晴れたような気がした。
どんなに俺が虐げてもデクは俺を見ている。それはかつて純粋な憧れの視線から始まり、今はそれらに加えて妬みや憎悪といった負の感情も混ざった気持ちわりぃ視線。全部引っくるめた、粘っこい視線だ。
今日は体力測定の一つである「シャトルラン」が授業の内容で、クラス毎に行われるソレをもう片方のクラスは体育館の端で見学していた。
一定のリズムでドレミの音階の途中で入るインターバル音は、最初はゆっくり始まり和やかな雰囲気であったのを払拭するようなこちらの不安を煽る不快な音だ。段々と早くなる間隔についていけず、一人、また一人と同級生が脱落していく中、俺ともう一人が残った。
「カツキー! 頑張ってー!」
早々に離脱した女子のいわゆる「一軍」グループが俺に送る声援を耳の端で聞きながら、またも不快なインターバル音でリズムが変わった。
俺は残っているモブがリズムに着いてこれず、半歩下がったのを見て「勝った」と思った。次のインターバル音でこいつはおさらばとなるだろう。
勝利を確信した俺は、きっとソバカスのついた頬を紅潮させて俺を見ているだろうデクに視線をやった。
デクは、隣の女子生徒と何かを話して、その頬を染めていた。
「カツキすごーい! 一番だね」
俺は近づく女子の手を振り払うと、息を整えてタオルを被る。てめェは、俺を見てなきゃダメだろうが。息を整えようとすればするほど、俺の息は上がって上下する肩に心配そうな女子の声がかかるが、鬱陶しいと振り切って体育館の端へ移動した。
*
その日は一日中モヤモヤした気持ちを抱えたまま下校し、放課後にツルんでいた奴等の誘いも断った。俺は自分の家へ帰る途中に通りかかる、デクの住んでいる団地を何の気無く見れば、暗がりの階段に座るデクの緑頭が見えた。
俺は今日のイラついた気分を発散させようと、音もなくデクの目の前まで近づいた。座っているデクの手に握られていたのは、最近幾度と見たことのあるあの「匂いつきの薬用リップ」だった。
「あ、かっちゃ……」
「てめェそれ、誰にやるつもりだよ」
告白と一緒にプレゼントするのが流行ってるらしいソレの存在を、デクが知っているという事実に俺の中の獣が顔を出す。てめェは俺を見てなきゃ、ダメだろうが、と今日の出来事も相まって一気に頭に血がのぼるのを感じ、俺はデクの手からリップを奪い取った。
リンゴの香りと書かれた赤いパッケージをバリバリと破くと、俺はキャップを外してデクの唇にそれを塗った。「何をするんだ!」と言いたかったのだろう、デクが口を開いた隙に俺は己の唇で塞いだ。
「ざまぁみやがれ」
あの楽しげに話していたモブ女にやるはずだったのかはわからないが、離れた唇を押さえて唖然とするデクに気分を良くした俺は、デクにリップを放り投げると帰宅するべく踵を返す。
押し付けた時間はほんの一秒足らずだったが、柔らかい感触と甘ったるいリンゴの香りだけが、ジメついた団地の階段の暗がりで異様に鮮明だった。「恋」とやらがこんな甘ったるい匂いだというならば、俺のこれは正反対なのだろう。
俺はデクの唇から移った自分の唇に残るリップのベタつきをペロリと舐めてみたが、匂いのわりに味は何一つしなかった。
少年少女は恋を知らない