花火が見たいと君が言うから

 

プロヒーロー未来捏造
無自覚勝×自覚有りデ
付き合ってません

誤字脱字ご容赦ください

 

 

 

 

 

「花火、見たいなあ」

 俺たち若手ヒーローが台風による河川氾濫の災害救助に駆り出されて三日目、梅雨明けが待ち遠しい蒸し暑い中での救助活動に心身ともに疲弊していた俺の耳に届いたのは、なんとものんきな幼馴染みの声だった。
 土嚢を手にしながら出久が見ていたのは、地元商店のガラス戸に貼られた地域の花火大会のポスターで、この災害が無ければ明日行われるはずだったものだ。
 俺も出久も、ここは縁もゆかりも無い地域のため、この花火大会に行きたいわけではないのだろう。ただ、全国各地で行われている花火大会はどこも似たり寄ったりで、ポスターにあるような正味一時間の花火大会は地元でも毎年行われていた。出久は懐かしさからつい先の言葉を呟いてしまったようだ。
 その「ヒーロー」ではない「出久」の願望を聞いていたのは、偶然後ろを通りかかった俺だけだった。

「来週の土曜、日勤か」
「ヒョワッ……っちゃん! びっくりした」

 俺が肩越しに出久に声をかけると、絵に描いたように跳び上がって出久は落としそうになっている土嚢を慌てて抱え直していた。

「土曜、なんて?」
「日勤かよ」
「ええっと、たぶんそうだったと……」
「ってえことは、午後五時上がりだよな?」
「う、うん」
「俺ンちのバルコニーからちょうど見えんだよ」
「うん? 何が?」

 出久は「かっちゃん何かヴィランの監視任務を受けているのか……? それを僕に手伝えってこと?」とブツブツ物騒なことを言い始め、俺は軽くその頭を叩いてその口を閉じさせた。

「花火だ」

 俺は一人暮らししているマンションの内見に行った際、不動産屋に「ここから花火が見えるので、なかなか人気な物件です」と言われていたのを思い出していた。その言葉通り、昨年は確かに近くの花火大会の様子を見ることができた。
 俺は別に花火が見れるからと言って今の部屋を決めたわけではない。家賃、事務所との距離、築年数など総合的な判断で決めたにすぎず、花火が見れることだって今の今まで忘れていた。
 不動産屋がなかなかチャラそうなやつで、「花火が見えるって口実作れば狙ってる子を部屋に誘えますよ~」なんて言われたのも虫酸が走った。
 まさか俺が、そんな真似をするなんて。いや、相手は出久だから厳密には「狙ってる子」なわけないが。

「花火? あ!今の聞こえてた?」

 出久は独り言を聞かれていたのが気恥ずかしいのか、その頬を赤く染めるとワンテンポ遅れて俺がさっき言わんとしていたことがわかったようで、さらにその頬を紅潮させていた。

「い、一緒に花火見るってこと? かっちゃんと!?」
「ついでだっつの」
「ついで……切島くんたちと見るの?」
「いや、ちげえ」

 出久は俺の答えに「じゃあどういうことなんだ?」と首を傾げてこちらを見ていた。ついでと言われれば誰かと見るついでだと思うに違いないはずなのに、俺は出久しか誘っていないのだ。それってつまり「ついで」じゃなくて出久と花火見るために誘ってることになるじゃねえか、と俺は答えあぐねて口ごもった。
そんな俺の葛藤も知らずに、抱えた土嚢が重いのだろう出久は「ついでならお言葉に甘えようかな」とあっけらかんと笑って「じゃあ、また連絡する!」とフルカウルで跳び跳ねて行った。
 俺は、バルコニーに置いてある一人用のアウトドアチェアの対用を購入しに行かねばと思い立ち、抱えた土嚢を肩の上まで力強く持ち上げた。

 花火大会当日、俺は元々一日オフで手持ち無沙汰だったのもあり、つまみを何品か作っておくことにした。
 きゅうりの浅漬けと実家のババア直伝の野菜たっぷり餃子を手際よく作り、餃子は出久が来たら焼けるようにだけして冷蔵庫で保管しておいた。ビールは事前に箱買いしたものをキンキンに冷やしてある。
 浅漬けには仕上げとして鷹の爪をキッチンバサミで輪切りにして入れた。出久はあまり辛いと食えないだろうと、自分が食べる時よりも気持ち少なめに切って蓋を閉じたきゅうりの浅漬けを冷蔵庫にしまい、パタリとドアを閉めると時計の針は午後五時、いつの間にか出久の退勤時刻となっていた。
 出久のことだ、どうせ時間通りには退勤出来ないだろう。残念に思っている、まさか俺が。
フンッと、俺は自分ばかりが準備を進める現状を含め自嘲した。

(ンだよ、俺が楽しみにしてる、みてェじゃねえか)

 エプロンを外してダイニングチェアにかけると、俺のスマホが電話の着信を告げた。午後五時から数分も経っていないにもかかわらず、そこには出久の名前が表示されており、俺は応答するべくスワイプさせて耳に当てる。

『かっちゃん! いま、終わったよ!』

 ロッカールームで着替えながら喋っているのだろう、出久の声よりもガタガタとヒーロースーツを着替える音が耳につく。しかし、絶対残業するだろうと思っていただけに、急いで仕事を終わらせた出久の様子が目に見えるようで、出久も楽しみにしてくれているのだろうと、口角が上がるのを俺は感じた。
 あ?出久「も」ってなんだ。

『なんとか定時に上がれた! これから向かうけど、なんか買ってく?』
「つまみは作った。ビールもある」
『わあ、ありがとう! でも花火だから屋台出てるよね。道すがら何か買ってくよ』
「別に無理せんでいい」

 俺の言葉を聞いているのかいないのか、電話の向こうではドンガラガッシャーンと床に何かが落ちた音と出久の悲鳴が聞こえた。
 音からしてロッカーの上部にある棚が外れて、乗っていた何かがロッカールームにぶちまけられたのか、それと同時に早く着替えたい気持ちばかりでスーツが汗でひっついているにもかかわらず、力任せに引っ張ったことでロッカーにぶつかった出久の右足、だろうか。
 電話どころじゃなくなっただろう出久の様子に「バァーカ」と、その言葉のわりにトゲなんて一つもない自分でも引くほど甘ったるい声色で呟くと、俺は堪えきれず急いで電話を切った。

 それから早一時間が過ぎ、日が長い夏の夕方とは言え空は徐々に夕暮れに近づいていた。出久は結局屋台で買い物でもしているのだろう、それか花火渋滞に巻き込まれているのか。
(何やっとンだクソが……)
 打ち上げまでは一時間半といったところでまだ余裕はあるが、俺は「チッ」と一つ舌打ちボディバッグをつかむと玄関先に向かった。

 マンションから歩いていける川沿いに広がる屋台には、普段の何倍も人の波が出来ており、俺は早々にこの中からあのクソモジャ頭を見つけるのを諦めて電話を手にした。
 数コールの後に出た「あ、かっちゃん」という声の向こう側はやはりがやがやと騒がしく、出久と俺は同じ場所に居ることは確実だった。

「てめェ今どこにいる」
『遅くなってごめん! 結構混んでてさ』
「だから迎えに来てンだろが」
『うわ! ごめん!』

 歩きながら横目で屋台に並ぶモブどもを探していると、スマホからではなく直に「うわ!」という声が聞こえた気がした。俺はぐるりと反対側に広がる行列の中間くらいに居る緑頭を見つけ、大股で近づいた。

「今どこらへんだここ、屋台群の真ん中くらいかなあ」
「おい」
「あれ、かっちゃんの声が近くから聞こえる」

 俺が近づいて声をかけてもなお電話に話しかけている出久に、俺は自分の電話を切るとその腕をつかんで引っ張った。引っ張った出久の手にはビニール袋が数個引っ提げられており、ガシャガシャとプラスチックの擦れる音がした。

「かっちゃん……」
「何をそんなに買ってんだよ、もう退勤から一時間だぞ」
「え! そんな経ってた!?」
「ここで花火見る気かよ」
「ごめん……」

 俺の言葉を聞いて出久は一瞬目を丸くすると、しょんぼりという擬音が頭の上に浮かんでいるかのように項垂れたかと思えば、「でも屋台のにおいってほんとさあ、仕事終わりの胃をね、直撃するよね……」といつもの調子で始まった。俺は呆れてその腕を離すと、手にある袋の中身を確認した。たこ焼き、イカ焼き、牛串、こいつの胃を刺激しただろうにおいが手に取るようにわかるラインナップだった。

「で、今は何に並んでる」
「きゅうりの一本漬け」
「ハ? この行列がきゅうりだと?」
「いや、僕も思ってたよ。たかが棒に刺さったきゅうり一本だよ? 正気かと」
「…………」
「でもなんか、この暑さだし食べたくなっちゃって……それに人が並んでると並びたくなるというか」

 へへへ、と何故か照れている出久を「キメェ」と半目で一蹴すると出久はがっくりと肩を落とした。きゅうり一本に行列ができるとは、屋台マジックもついにここまできたのか。何も知らない外国人が「このギョウレツなんナノ?」と並んだとして、やっと買える順番になった時にきゅうりが一本棒に刺さっているだけだったらどう思うのかと。ホワイジャパニーズピーポー案件じゃねェか。

「っつうかきゅうりの浅漬けならウチで作ってあるから買わんでいいわ」
「かっちゃん手作り浅漬け!」
「はよ行くぞ」

 俺がそう言って行列から出久を引き抜くと、出久の後ろに並んでいた数人もハッとした顔で列から外れて歩き出していた。俺たちの会話を聞いて「きゅうり一本に並んでいる自分」を客観的に考えてしまったのだろう。その様子を見た出久が「なんか申し訳ないね」と行列の先に居るであろうきゅうり屋の店主にぺこりと頭を下げていた。皮肉にも行列が長すぎて、出久のお辞儀も列を外れた数人も、店主は見れなかっただろうに。

「あれ? デクじゃないか」
「とおがッ……ルミリオン!」

 俺と出久がもう少しで屋台に群がる人混みを抜ける、という時に声をかけてきたのは出久の事務所で出久同様サイドキックとして所属しているルミリオンで、俺にとっても高校の先輩にあたるヒーローだった。きっちりヒーローコスで居るあたり、仕事で祭りに駆り出されているのだろう。

「そっちはダイナマイト! 君たち一緒に花火見るの?」
「……大・爆・殺・神つけろや!」
「ちょっ……かっちゃん!」
「うんうん、ユーモアあるよね」

 人のヒーローネームを略して呼んできやがったあげく、家路に急ぐ俺たちを引き留める透過野郎にイラついた俺が噛み付いて訂正させると、全く気にしてないようにそのふざけた顔で笑ってやがる。俺が「ユーモアなんてカケラもねェ!」と言うために口を開いたところで出久が遮ってきた。

「先輩すみません! 代わってもらって……」
「気にするなよ、君はそもそも働きすぎだ」

 俺は出久の言葉を聞いて、文句を言うために開いた口をぐぅと引き結んだ。「代わってもらって」だと?じゃあ仕事を蹴ってきたってことか?あのクソ仕事人間、というよりヒーロー業を仕事だと思っていない、他のヒーローからちょっとばかり傍迷惑とさえ言われているこいつが。

「それより君たち、今日の花火大会のビラいる?」
「ビラですか?」
「うん。ネジレチャンが点火するから、ほら見てよ」

 ジャジャジャジャーン!とセルフ効果音でルミリオンが取り出したビラには、同じく雄英出身のヒーロー「ネジレチャン」がその髪色と同じような青い浴衣姿で大々的に写っていた。

「わあ、波動先輩キレイですね」
「なんでも主催の商工会議所が是非にって声かけたらしい」

 数か月前に商店街でヴィランが暴れた時に駆けつけてくれたのが件の「ネジレチャン」だったという話を聞きながら、俺は出久が持ったままのビラをよく見ようと手を伸ばした。しかし俺の手は何も掠めることなく空を切った。

「かっちゃん! やばいよ、早くしないともう花火打ち上がっちゃう」
「ア?」
「先輩すみません! ビラ返します!」

 出久は手にしていたビラをルミリオンに素早く返すと、「すみません、また今度!」とお辞儀を忘れずに空を切った俺の手を取り早足で歩き出した。器用にも周りにバレない程度に「個性」で早く走っている出久は、屋台の方へ流れる客と逆行しているからか注目を浴びていた。「てめェがクソきゅうりのクソ行列に並んでたせいで」と思わなくもなかったが、思いがけず握られた右手を俺から振り払うことはなかった。

 エアコンをつけたまま部屋を出たおかげか、玄関のドアを開けると涼しい風が俺と出久のデコに滲む汗を冷やした。出久は「すずしい~~」と大きい声をあげると、握ったままにされていた俺の右手をぱっと離した。俺は触れられていた熱が無くなった右手をスースーとエアコンの冷気が撫でるのを、真夏だというのに肌寒く感じた。
 早足で帰ってきたはずだったが打ち上げまでもう三十分を切っており、俺は出久にバルコニーの椅子とテーブルを準備するよう指示し、俺自身は冷蔵庫の餃子を焼く準備に取り掛かった。
 IHコンロの上にフライパンを乗せ、サラダ油を一滴、二滴たらして温まるのを待つ。その間にコップに水を汲み、ゴマ油を調味料ボックスから取り出しておく。
 餃子を同じ向きにフライパンへ並べていくと、ジュワッという良い音が鳴って食欲を刺激した。全て均等に並べ終えると、すぐに水を回し入れて蓋をする。

「何焼いてるの?」

 バルコニーの準備を終えたのだろう出久が、シンクの縁に手をついてフライパンを覗き込むが、あいにく蓋を閉めており中を見れずに尋ねてきた。

「餃子」
「あ! もしかしてかっちゃんちの餃子?」

 俺が無言で頷くと出久は「かっちゃんのお母さんが作った餃子、野菜たっぷりで美味しいんだよね~」と何年前に食べた味を思い出しているのか、嬉しそうにバルコニーの方へ戻っていった。どうやら割り箸や皿を取りに来ていたらしい。
 俺と出久がまだ「個性」や「無個性」といったあれこれで拗れる前に、俺の家のホットプレートで餃子パーティーをしたことがあった。
 「野菜嫌いの勝己もこれなら食べちゃうんだよ」と俺の母親が出久に勧めた餃子を、同じく野菜嫌いの出久は大層気に入ってたくさん食べていた。

 蓋を開けるとタイミングはバッチリで水分が飛んで皮の端が少しきつね色になっている。俺は仕上げにゴマ油を一回し垂らすと、香ばしい良いにおいが部屋に充満した。バルコニーに居た出久にもにおいが行ったのか、「良いにおい!」と大声をあげていた。俺はその声を聞いて時計を確認すると、あと数分で打ち上がるという時間になっていた。
 そろそろ良いだろう、と丁度良い大きさの皿を準備してフライパンに被せるとそのまま反対にしてフライパンを皿から外した。黄金色に輝く焼き色に我ながら惚れ惚れすると、ちょうど背を向けたバルコニーの方から「ドン!」という大きな音が聞こえた。
 打ち上げが始まったようだ。俺は皿を片手に、バルコニーから見える夜空に広がっているだろう大輪の花を想像して振り返った。

「……ハァ?」

 ヒュー……ドン! ……ドン!
 部屋の中に居てもうるさいくらい響き渡る音は、確かに花火が打ち上がっていることを告げるには十分すぎる証拠だった。ただ、窓から見えるのは変わらず真っ暗な夜空で、見えるとすればバルコニーの端の端である川向こうにある同じくらいの高さのビルの、いくつかある隙間に微かな明かりが見えた。
 放心する俺の手から餃子が乗る皿が滑り落ちるのと、出久がバルコニーの柵に手をかけてこちらを振り向くのはほぼ同時だった。

「あっ」

 想像したようなフローリングに皿がぶつかる音はしなかった。出久が黒鞭とフルカウル、発頸を駆使して一瞬のうちにキャッチしたのだと気づいたのは、その全てが終わった一拍後になってだった。

「っぶな……!」

 私的な個性使用はあんまりするんじゃねェとか、餃子キャッチのためなんかに、ここ最近使ってなかったオールマイトもどきを使うんじゃねェとか、言いたいことはいろいろあったが、それ以上に俺は目の前のクソナードがやけに落ち着いているのが気になった。

「良かった……! かっちゃん餃子は無事……」
「知ってたんだろ」
「…………」
「知らなかったら、てめェもっと焦るだろうが」
「……かっちゃん、あの……」
「……ハッ……満足かよ、バカにしてンのか? 俺が無様に準備する姿を見れて」

 「クソッ」という俺の声は「ドン!」と音ばかりうるさい花火の音にかき消されてしまった。出久は俺の足下に蹲っていた体を起こすと、ダイニングテーブルに餃子ののった皿を置いて静かに口を開いた。

「知ってたよ、今日の花火大会、打ち上げ場所が変わったって。例年より川の上流で打ち上げるから、かっちゃんちからは見えなくなっちゃうだろうって」
「そりゃ知ってるよな、本当は警備のシフト入ってたっつってたモンなァ」
「変更されることを知ってから、かっちゃんがいつその事を知っちゃうか、気が気じゃなかった」
「……ッ嫌われたもんだな。俺への逆襲ってか」

 俺は出久の言葉を聞いて、目の奥が熱く燃え上がるような錯覚をした。もう俺には無い衝動であると信じたかった、それはまるで中学時代のような、目の前の木偶の坊を叩きのめしてやるという狂暴性、いや、ある意味絶望のような赤い赤い衝動だ。

「……っちがう!」

 皿を離した時から力なく垂らされていた俺の右手は、今や爪が食い込むほど強く握りしめられていた。出久はその俺の右手を取り上げたかと思うと、そのまま両手で包み、自らの額に当てて目を瞑っていた。さながら教会で懺悔するように、出久の小さな声がその口から聞こえる。

「花火が見れないってかっちゃんが知ったら、約束は無くなっちゃうだろう、って思ったんだ。『ついで』って言ってたから」
「ンだそれ……」
「でも当日になっても君から中止の連絡は来ないから、ああ、かっちゃんは「知らないんだ」って、嬉しかった」
「…………」

 ……ドン! ……ドドン! ……ドン!
 徐々に激しくなる花火の音はクラクラする脳と心臓を強制的に振動させて、血肉を否が応でも滾らせてくるようだった。出久に握られたままの右手が、エアコンで冷えた部屋の中でもじんわりと汗をかいていく。

「ねえ、なんでかわかる?」

 懺悔から戻った出久は瞼をゆっくりと開くと大きすぎる瞳をまっすぐ見据え、俺の目を捉えて視線を逸らすことを許してくれなかった。

「なんで、見えもしない花火を見に、君の部屋に来たかったんだと思う?」

 ヒュー………………ドーン!
 一際大きい音が鳴ったかと思うと、立て続けに激しい花火の音が木霊して部屋の中に反響した。ああ、見えねえクセに音ばかりでかくて嫌になる。
花火の音圧に俺の心臓が共鳴しているのだろうか、早くなる脈を出久が握る右手から悟られるのが嫌だったが、俺からソレを離せるわけがなかったのだ。
 出久の問いの答えを、俺はきっと知っている。
 ひとまず謝らなければいけないのは、今日のために準備してくれた花火師か、出久とシフトを代わってくれた先輩か。不動産屋の営業マンには謝らねえ、花火見れねえなら家賃値下げしろクソが。

 つまるところ、純粋に花火が見たかったヤツなんてこの部屋のどこにもいなかったってことだ。

 

 

 

花火が見たいと君が言うから