諦めの悪い僕らに声援を 番外編

 

諦めの悪い僕らに声援を という話に出てくる名もなきモブ(商工観光課長)目線の番外編小話です。
よろしければ上記の話を先にお読みください。

 

 

 

 梅雨の始まりらしく、朝から妙に蒸し暑い駅の正面改札口の前で私は一人待ちぼうけていた。
 車社会においてガワばかり大きく作られた、新幹線が停まるだけの役割がある辺鄙な駅は、平日の早朝ということもあり人っ子一人居なかった。私は腕時計と駅に入る交差点を交互に何度も確認し、数度目かの上下運動の後に待ちわびた黄色い車が見えた。一台のタクシーがゆっくりと、これまた大きく作りすぎているタクシープールをぐるりと回り込んで私の前に停まる。
 思いの外勢いよく開いた自動扉の向こうには、着なれないスーツのパンツをサスペンダーで吊り上げてなんとかずり落ちないようにしている商工会長がツケで支払い降りてきた。窓ガラス越しに確認したドライバーはいつもの会長専用の顔馴染みだ。私はいつも柔和な会長が、エアコンの効いた車内から一歩降りてその眉間に皺が寄り、不快そうにハンカチで汗を拭うのを見て早急に新幹線チケットを取り出した。待ち時間は十分にあったのだ。二人分の東京行きのチケット購入は既に済ませていた。

「悪いね、課長。遅れちまったよ」
「いえ、早めに集合時間を設定していましたので、問題ないはずです」
「今日も暑くなるなあ、早いとこ乗ろう」
「そろそろ雨も降ってきますしね」

 私がそう言って会長の足元に目線をやれば、そこには日帰り出張に似つかわしくない、ゆうに五日分の着替えが入りそうなスーツケースがあった。私が信じられないという風に二度見すれば、会長は心外だというようにスーツケースの取っ手を伸ばした。

「衣装の生地、呉服屋の若えのにありったけ持たされたんだよ。今年はいつものじいさん俳優と体格も違うから、一から衣装作るんだとよ」
「てっきり既製品かと……間に合います?」

 ゴロゴロとスーツケースを転がす音を響かせて改札を通る私たちを、駅員が暇そうに見ていた。会長が改札に引っ掛かりそうになっているのを、私は尻尾の先でアシストしながら新幹線ホームへ歩く。

「呉服屋のボンがもらったお嫁さんが、織り機の個性持ちみたいだぞ」
「なんですか、織り機の個性?」

 私が想像もつかずにと問うと、会長も「さあな」と一言だけ呟く。個性社会においてはどんな個性を持って生まれるかわからない。そんな中で個性を利用した職に就けるだなんて、なんて幸せなことなんだろうと思った。だが同時にそれが本当に彼女のやりたいことだったら良いのだが、といらぬ心配をしてしまっていた。いや、今時個性婚なんて無いのだ。呉服屋さんは若いのにおしどり夫婦として有名だ。そんなことは杞憂だとわかっている。
 我々が今から会いに行く「ヒーロー」だって、人類が個性を持つことの功罪を一身に背負っている職の最たるものなのかもしれない。隣から聞こえる会長のいびきをバックグラウンドに、私は半ば現実逃避しながら高速で流れていく外の景色を見て過ごした。

 

 

 東京のいわゆる「一等地」とまでは行かず、意外と下町に構えられた「大・爆・殺・神ダイナマイト」のオフィスは、普段の彼の言動より幾分落ち着いた雰囲気のインテリアでまとめられていた。もっと言ってしまえばヒーロー事務所のはずなのに普通のオフィスだな、という印象だ。ヒーローがかつてのような大人気職業とは言えない現状は、このようなところまで影響しているのかもしれない。そんな中でも私と会長が通された応接間には、座り心地の良い皮張りのソファが威圧的に鎮座しており、そこは彼のプライドなのかもしれないと感じた。
 しばらく会長と共にソファで寛いでいると、ドア越しに怒鳴るような声が聞こえてきた。間違いない、彼だ。

「――――って言ってンだろがッ!」
「ちょっ……バクゴー! お客さんもう着いてるって!」
「あ?」

 ドアを開けた彼はいつものようなヒーローコスチュームではあったが、アイマスクや籠手が無い分普通の青年といった風に見えた。いや、つり上がった眦はまさしくヴィランっぽいヒーローランキング常連といったところだが。

「あー……スミマセン、お待たせしマシタ」

 少しいびつなイントネーションでダイナマイトが頭を下げたのを見て、私と会長も立ち上がって頭を下げた。ダイナマイトが向かい側のソファに腰掛けるのを見届けて二人で息を吐き、また皮張りのフカフカにお尻を預ける。

「改めて、イベントの出演を快諾いただきありがとうございます」

 商工会長が名刺を差し出して挨拶すると、私も続いて挨拶した。二人の名刺を受け取ったダイナマイトは、それらを綺麗に自らの側に並べ、私の名刺の商工観光課という文字列を指先で軽くなぞった。

「今日は、デ……ミドリヤ……緑谷出久は」
「ミドリヤ……? ああ、この間異動してきた子か」
「彼は異動したばかりで、他の仕事で手一杯でして」

 私が「今日は来ない」と暗に言えば、ダイナマイトの眉間に深い深い皺が刻まれ、機嫌が急降下したのがわかった。そうだ、元々ダイナマイトがオファーを受けてくれたのは緑谷くんがいるから、という話だったのだ。しかし、緑谷くんの話では「いじめっ子といじめられっ子」だったと言っていた。緑谷くんがいるから、というのが本当なのか疑心暗鬼だった私だが、この残念がりよう、本当にダイナマイトは緑谷くん目当てだったのだろう。
 私も緑谷くんに予定さえ無ければ一緒に来てもらいたかったが、今日はどうしても外せない仕事があった。

「チッ……来ねえンスか」

 「詐欺じゃねえか」とボソッとダイナマイトが言ったのを会長の耳が拾い、私に目で「ヤバイぞ!」と訴えかける。私は話題を変えるべく当日の進行や順路等をまとめた資料をテーブルの上に配布した。「ほら、当日は緑谷もおりますので!」と私が配置図を指差せば、ダイナマイトは「麦茶係:緑谷」の文字を先ほどの名刺のように指先で軽くなぞっていた。

 一通り説明すればダイナマイトは理解したのか、打ち合わせは驚くほどスムーズに終わった。あとは当日までに完成させる衣装の生地を決めるべく、会長がスーツケースから数種類の反物を取り出した。色とりどりのソレをああでもない、こうでもないとダイナマイトの身体に当てながら話し合っていると、ドアが不意にノックされた。

「失礼しまーす! お茶のおかわりお持ちしました!」

 入ってきたのはサイドキックのチャージズマで、お盆の上には湯飲みが三つに饅頭も三つ乗せられている。テーブルに一つ一つ置いていってくれたその饅頭をみると、「ダイナ饅頭」と印字された透明なパッケージの中にある表面には、ダイナマイトのトレードマークの手榴弾型籠手が焼き印されていた。

「恐れ入ります」
「いえいえ~、うちの所長がイベント出演引き受けるの珍しいんで、俺らも嬉しいっすよ。幼馴染くん来なくてご機嫌ななめでしょうけど」

 「勘弁してくださいね」と続くはずだったチャージズマの声を遮ったのは、会長の着せ替え人形と化していたダイナマイトで、布を当てられ身動き取れないながらも射殺すような目付きでチャージズマに吼えていた。せっかくヒーロー自らお茶出ししてくれたにもかかわらず、チャージズマは小さく悲鳴をあげるとそそくさと退散していった。

「かわいらしい饅頭ですね」
「あー……試作品で。来月出る予定……ッス。……良かったらいっぱいあるんで、持って帰ってくだサイ」
「お言葉に甘えて。ヒーロー好きの部下が喜びます」

 私がそう言ってさっそく一つ口に放り込むと、甘いあんこによる幻覚だったのだろうか、ダイナマイトが本当に一瞬だけ笑ったような気がした。

「うーん、やっぱり黒ベースに赤と金糸入ってるこの生地がダイナマイトっぽいかねえ、課長! どう思う!」

 会長が汗をハンカチで押さえながら私に問いかける。梅雨の始まりで蒸し暑い外と違って、エアコンが効いている室内は寒いくらいなはずだったが、懸命に生地選びをしていた会長はハンカチを手放せないほど必死のようだ。すみません会長が必死に頑張っているのに、私はのんきに饅頭を食べておりましたよ。

「そうですね、お似合いだと思います」
「よし、ではこれで――」
「――いや、こっちがいい」

 ダイナマイトは黒ベースの生地で隠されていた下の生地を取り出すと、ソファの背もたれにバサリと掛けた。白地に若草色が映える反物はダイナマイトらしいかと言われるとやはり「らしくない」のだが、ダイナマイトの薄金色の髪とアクセントの金糸がなんとも言えず似合っていた。私は馬上のダイナマイトが衣装を身に付け城下町を闊歩する様子を想像し、その勇壮な姿はまさしくこれからの希望だろうと確信した。

「これが、いい」

 ダイナマイトは広げられた反物を手に取ると、若草色が色濃く出ている箇所を嫌そうに、それでいて眩しそうに指先で軽くなぞっていた。
 沿道の見物客から若草色を身に纏う彼に送られるそれはきっと、かつて当たり前にあったヒーローへの惜しみ無い声援だろう。