それはとても寒い二月の夜だった

 

プロヒ同士で結婚済みの勝デ
その痴話喧嘩に巻き込まれた峰田視点の小話です。

 

 

 

 

 ――別にいいと思うんだ。自分のことだしね、そりゃストイックなところが魅力の一つだと僕も思っている節があるし。一緒に住んでても自分の分はいつだってブロッコリーとゆで卵、鶏ささみは欠かさないの知ってたし。二人の食事は当番制なんだけど、僕が当番の時は自分のソレらは自分で作ってたから迷惑かけられてるわけじゃない。かっちゃんが当番の時は普通の食事も一緒に作ってもらってた僕が言うのものおかしい話だと思っていたよ。内心毎日毎日同じように決められた食事食べて「エサかよ」って思ってたけど、うん、今となってはね。可愛いもんだよね。
 でもさ、旅行は別じゃん!二人で非日常を味わいに行ってるわけじゃないか。僕は旅行が決まった時から、旅先で美味しいもの食べようって観光雑誌買ってるんるん気分だったわけ。当日も行きの新幹線の中で「まずはお好み焼きだよね!」「見てこのネギ焼き!美味しそう!」「たこ焼き発祥の店……気になるな……」って二人で……まあほとんど僕だけど。それでも、かっちゃんも雑誌見ながらあれこれ食べたいなあ、とか言って盛り上がってたんだよ。え?粉もん地獄?当たり前じゃないか!大阪だよ?天下の台所だよ?
 宿だって結構良いお値段する京都の旅館とったのに!運ばれてくる度に料理を分類される気持ちわかる?タンパク質と脂質と炭水化物の三大栄養素で料理を識別するなよ!!お土産屋行っても裏面ばっか見てさ「お、これはタンパク質十三グラムもとれるな」じゃないんだよ。美味いか、美味くないかだろ!!――

「ちょっと峰田くん聞いてる!?」

 厚手のビニールカーテンで覆われているからといって、二月に半外状態のテラス席は寒かった。だからか酒のペースがいつもより早くなったのが悪かったんだと思う。幸い外で飲んでいる客はオイラたち二人だけで、緑谷はダウンを着込んで鼻の頭を赤くしながら、勢いよく胃に流し込んで空になったジョッキをテーブルに叩きつけながらオイラを睨んできた。いつもは優しげに垂れさせている大きな目をやや吊り上げて、さながら渦中の人物の如く怒りを口に出した緑谷の足元には目に映える黄色いビニール袋があった。

「聞いてる聞いてる。それより緑谷! お前そのド◯キの袋……新しいエログッズじゃ……」
「僕がエログッズ買い漁ってるみたいに言わないでよ! ただのご褒美チョコだよ。今日バレンタインでしょ? それよりおかしいと思わない? あー旅行はやっぱり友達同士で行くんだった! 峰田くん今度一緒に行こう!」
「その提案乗ったぁ! 地方には実はどえらいならぬ、どエロい店が埋もれてるらしい……オイラとまだ見ぬ楽園、探しに行こうぜ」
「いや、それは遠慮したいかな……」
「何言ってんだよ! 結婚したからか? 旦那に操立ててんのか? なあ緑谷ぁ! 勝手にA組から既婚者一抜けしやがって……!」
「一抜けっていうか二抜けじゃない……?」

 オイラがパイプ椅子から足を浮かせてジタバタと喚くと、酔っ払いのくせに緑谷は真っ赤な顔をしながら至極真っ当なことを言っていた。結局オイラは高校三年間でも大して身長も伸びず今でも年齢確認常連客だが、この目の前の赤ら顔ヒーローより酒は強いのだ。

「だいたい今どき結婚なんてナンセンスなんだよなぁ」
「峰田くん、僻みは見苦しいよ」
「僻みじゃねえよ! 幸せの形は結婚だけなんていう前時代的な考えは無くなったんだって」
「そりゃそうだけど……」
「緑谷、元々爆豪とはめちゃくちゃ仲悪かったじゃねぇか、単純に相性悪いんじゃねえのー?」
「えっ」
「離婚って二組に一組はしてるんだろ? オイラ思うんだが、色々我慢して生活するなら、潔くバツつける勇気も時には必要だって」
「いや、離婚って、そんな大袈裟な話じゃないよ!」

 ――かっちゃんのこと確かに面倒だな、もうマッチョと旅行とか一生したくないな、とか思ったりしたけど……でもそれは離れたいとかそういんじゃなくて。それにかっちゃんは確かに粗暴な言動で勘違いされやすいけど、人一倍勝ちにこだわる姿は男として純粋に憧れるし、そんな憧れのかっちゃんが僕の前で気を抜いてる姿とか、朝寝ぼけて「ババア、今日弁当いらねぇ」とか実家時代の名残で言ってきた時はかわいいなあとか、思ったりして――

 ほらな、オイラもう慣れっこだぜ。クラスの奴らは緑谷と爆豪の結婚話とか実はあまり知らないらしい。緑谷も仲が良い轟や飯田にはあまり爆豪とのことを話さないと聞いた時、オイラおいおいマジかよと思ったんだ。緑谷は恋愛の話をするのに「恥ずかしい」ラインがあって、オイラには「話しても良い」と思ってんだよな。何度愚痴かと思ったら惚気でした⭐︎されたかってんだ。まるでメンヘラ女のムーブをこんなパワータイプヒーローから聞かにゃならんオイラ、もっとモテてしかるべきじゃねえか。ちなみに爆豪のことマッチョとかなんとか言ってるがオイラからすればお前もだからな緑谷。

「離婚はしないにしても、ちょっとくらい息抜きしようぜ緑谷ぁ……バレンタインだぜ! 自分へのご褒美チョコならぬご褒美エロ! どうだよ、先輩ヒーローに聞いた五反田の店、めちゃくちゃかわいい子が……」

 オイラが興奮してパイプ椅子から立ちあがろうとした頭は、第三者の手によって押さえつけられ、そのままゴリラ顔負けの握力で締め上げられた。後ろが振り向けないオイラの頭は、ゴリラの掌によってプスプスという爆破の序章を奏でている。あ、緑谷、かわいそうに真っ赤な顔が真っ青になってらぁ。あまりの禍々しいオーラにオイラのリトル峰田は恐怖でチビり上がっちまった。

「よ、よぉ爆豪……奇遇じゃねぇか」
「百万円」
「へ?」
「結婚って法で定められたいわば契約だろ。貞操義務違反。不貞慰謝料請求の相場は二百万くれぇか。でも離婚しネェ場合相場は下がる。俺らは絶対離婚しねえから請求金額は百万くらいだな」
「か、かっちゃん何言ってるの」

 緑谷が酔いが覚めたのか震えた声で問えば、パッとオイラの頭から手を離した爆豪が隣のパイプ椅子にどっかり座って店員にビールを頼んでいた。いや、全然飲む雰囲気じゃねぇけど!?

「いいか、いずく。俺はお前がたとえ有責配偶者だとしても慰謝料は請求しねえ。離婚も許さねえ。でも、お前が浮気したら相手にはぜってぇ請求する。俺とお前の結婚は公表してンだ。それなのに関係を結ぶ奴は悪意ありとして完膚なきまで追い詰める」

 それがどういう意味か、わかるよな。
 爆豪は一瞬でやってきた生中ジョッキに口をつけ、口の周りに泡がつくのも構わず一口でジョッキの半分を減らした。自己犠牲の塊な緑谷が、自分の過ちで相手だけに多額の請求が行くなんて耐えられるはずがない。爆豪、丸くなったとかA組女子連中に言われてたが、全然丸くねえじゃねえか!!むしろ悪化してんよ!知恵がついて変な方にやばくなってるよ!

「爆豪、オイラの悪ふざけだって――」
「――何それ、そんなのバレた場合の話だろ」
「ハァ? てめェ……っ」
「そんなスラスラ慰謝料請求とか言えちゃうってさ、普段から僕って全然信用ない?」
「そういう話はしてねえだろッ!……だいたい、俺に不満があんのはお前じゃねえの。旅行の後からあからさまに機嫌悪いだろうが」
「それは……っ関係ない! 僕の問題!」
「はいはい、そうだよな、僕の問題、僕の問題……『俺ら』の問題じゃねえのかよ!」

 こうなってしまえば売り言葉に買い言葉状態で、本当にここが外のテラス席で良かったと思う。寒さで外を歩く人もまばらな中、酔っ払いの言い合いに足を止める者は少なかった。なあ、爆豪、おまえが切島や瀬呂たちと旅行に行くと色々仕切りして店とか調べるって聞いてんだオイラ。もちろん緑谷が愚痴ってたようなことはしてないはずだ。きっと甘えてんだろ?緑谷は自分を繕わなくてもいい相手になっちまってんだよな。お前らはだんだん「家族」になってるんだとオイラ、思っちまうワケさ。

「ストーップ!! ストップしろ! おまえら落ち着けって」
「ごめん峰田くん、今度お金払うから! 良かったらこれも食べて!」

 中学生の平均身長にも届かないオイラが筋肉おばけどもの攻防に耐え切れるはずもなく、オイラの説得虚しく緑谷はビニールカーテンを翻してとび出して行ってしまった。去り際にオイラ目掛けて投げつけられた黄色いビニール袋は、もちろん驚安の殿堂店のもので、オイラはガサついたその中身を覗き込んで思わず笑っちまった。

「クソがッ! 待てや!」
「――爆豪! これは多分爆豪宛のヤツだと思う」

 緑谷を追いかける爆豪を呼び止めると、オイラはその目前に黄色いビニール袋を掲げた。気取らない自分を見せることが爆豪にとっての愛ならば、半透明の黄色に包まれたソレらこそ、緑谷からの愛なんだろうとオイラは思うわけで。つうか緑谷よぉ、もしこれが本当にお前のご褒美チョコなんだとしたらただの似た者同士じゃねえかよ。
 爆豪は目の前に提げられた色んな味のプロテイン配合チョコレートバーが入った袋を掻っ攫うと、珍しく「わりィ」と呟いて緑谷に負けず劣らぬ早さで駆け出して行った。しょうがねえ、ここの会計はこのグレープジュース様にお任せあれ、だぜ!本当になんでオイラがモテねえのかわかんねえよ。まあでも、トップヒーロー二人がお互いのことでこんなかっこ悪くなっちまうんだもん。それってやっぱり「良い」じゃねえか。今どき結婚なんてしてもしなくても良い、絶対的な幸せの形じゃない。でも二人はあえてそれを選んだんだぜ。それは、最高にかっけぇんだってオイラ思ったんだ。

 

 

 

 それはとても寒い二月の夜だった